その言葉を忘れない





この指先でも守りきれないものがあると、そんな事は知っていた。
只、その確率を出来るだけ低く抑える事は出来る。
その為の、この指先でありこの頭脳だ。


これまで星の数ほど、人の死を目の当たりにしてきた。嫌になるほどだ。
怪我ならまだいい。即死手前の状態なら、どうにか此岸に引き戻す事が出来る。
厄介なのは体内で蠢く病だ。
とっくに命を喰い尽くし、兆候が見えた時には全てが遅い。
その原因がウィルスではなく、呪いの類だった点だけが救いだ。
それなのに、呪いだなんて非現実的なものが
存在して堪るかと思う自身にも腹が立ち、
自分自身の力がまったく及ばない現実に嫌気が差した。


見る見るうちに青ざめ、膝をついたの姿。
口先ばかりで大丈夫だと何度も呟き、意識を失うまでの数秒。
決して忘れる事が出来ない。一生忘れる事は出来ないと思う。
どんな処置を施してもまるで効果が無く、
死にゆくを目の当たりにし、絶望の淵に立たされた瞬間。
己の無力さを痛感した瞬間だ。


ゆっくりと目を開いたが呟いた。
あたしは死ぬのね。
彼女の口から放たれた事実を受け入れきれず、
そんなわけがねェと吐き出した。
ねぇ、ロー。あたしは死ぬのね。


情けない話だが、そんなわけがねェと何度も繰り返しながら、
涙を堪え切れなかった。


「ねぇ」
「寝てろ」
「もう眠れないわよ」
「うるせェ、寝てろ」


絶望の淵から、を引き戻したのはホーキンスだった。
だなんて、口が裂けても言いたくない事実だ。
どこからか(あいつが言うには、を占ったらしいが怪しいもんだ)
の現状を聞きつけたホーキンスが船を訪れ、
怪しげな薬草をこれ又、怪しげな儀式と共に処方し、
の容態は見る見るうちによくなった。
何だか、全てが嫌になった。


これはどこぞの民族が使う呪いで云々とホーキンスが呟く傍ら、
の手を離す事が出来なかった自分だ。
そりゃあ、嫌にもなるだろうよ。
どうやらとホーキンスはまったくの他人でなく、知り合いだったらしい。


その、到底知らなくてもよかった事実はどうでもよく
(どこでどういう風に知り合ったんだ)
回復の兆しを見せたを目の当たりにし、ほっとしたような、
あえて考える行為を放棄したような、そんな感覚に苛まれながら時を過ごす。


「ねぇ、ねぇ。ロー」
「何だよ」
「あたしはあんたと、ずっと一緒にいるわよ」
「…何だよ」
「泣いてたじゃない、あんた」
「!」
「死ぬな、だとか、ここにいてくれ、だとかさ」


最終的にはホルマリン漬けにされるんじゃないかって怖かったんだけど、あたし。
つい先日まで死にかけていたは減らず口を叩くし、
そもそもあの時、この女に意識があっただなんて、
こちらはまったく気づいていなかったわけで、居心地が悪い事この上ない。
皆が寝静まった真夜中、浅いの呼吸が微かに聞こえるこの部屋で
心の底から縋っただなんて、そうしてそれを知られていただなんて。


反応を見せる事が出来ないほど言葉に詰まっていれば、が名を呼んだ。
振り返る事は出来ず、只、彼女がここにいる事実に侵される。





主人公を殺さない主義でやってます。
こう、ローって医者だよねというか
最近Dr.HOUSEを観続けているから、
という話です。説明になってませんけど。
後、久々にホーキンスとか出した。
2010/11/14

AnneDoll/水珠