密やかな嘘をかき消して





空を飛ぶ象の夢を見ていた。色は橙。いや、あれは赤に近い。
羽もないのに何と優雅に空を泳ぐものだと思い、
物珍しげにじっと見つめていれば急に天井へと映像は変わった。
そうして夢だと気づき、意味の分からない夢を見るものだと
呆れながらだるい身体を起こす。
このだるさはアルコールの仕業だろうとぼんやり考えながら、
昨晩は何をしていたのかと記憶を探りかければ、
ここがまったく知らない部屋だという事実に気づいた。
というか、ここまできてようやく気づいた。


確か昨晩はキッド達と飲み明かし(まあそれはいつものメンバーというやつだ)
いや、確か場所はどこぞの酒場だったような記憶が。
よくよく考えれば船で飲んでいるのに見知らぬ場所に来ているわけがない。
やはり昨晩は出先で飲んだのだ。
しかし記憶が見事なまですっぱりと抜け落ちている。
この部屋は酷く小さなもので、生まれ育ったあの町を思い出させるが、
今はそんな事を思い出している場合ではない。
小さな窓が一つ、その側にはテーブルがあって窓越しに海が見えて―――――


「何だ、やっと起きやがった」
「なっ」
「寝すぎなんだよ」


必死に記憶を探っていれば、失われた記憶が唐突に姿を見せた。
見せなくてもよかったのかも知れない。
ベッドの上で一人、胡坐をかいたまま
痛む頭を必死に働かせていればこの様だ。
驚きの余り声も飲み込んだ。


「キッド…!?」
「何だよ」
「キ、キッド!?」


記憶は確かにそこにいた。シャワー後のキッドという体で、だ。
何とまあ男らしくバスタオル一枚を腰に巻きつけたキッドは
不可思議そうな顔で を見つめ、何だよと呟いている。
何だよじゃない、何だよはこちらの台詞だろう。


「え?え?何?えっ?」
「何言ってんだよ、お前…はっ?お前、まさか!?」
「ちょっと、大きな声出さないでよ!」
「ふざけんじゃ」


言いたい事はこちらにも山ほどあるわけで、
しかしそれ以上に頭が痛いのだから仕方がない。
ちょっと待て、記憶をもう少し探る必要がある。
昨晩、キッド達と飲み、それから何があった。
確か詰まらない事でお決まりの言い合いになり、
そのまま蹴りをつけてやるとどちらともなしに言い出し、ああ、そうだ。
確かそのままキッドと店を出た。


「お前、まさか酔い潰れてたとか言い出すんじゃねぇだろうな」
「今、考えてんだから黙ってよ」
「考えるって何だよ、手前がやった事だろうが!!」
「やった!?」


確か店を出て、辺りに被害が及ばないようにと開けた場所を探したはずだ。
互いに千鳥足の状態で。歩けば酔いは加速する。
海の見渡せる広場に出た時には既に戦うも何もない状態で、
それでも馬鹿二人は戦おうとした。
酔った状態で、互いに力加減の出来ない状態でだ。
それでも慣れた仲間達は放置の方向で意見を合致させた。
要は、口を出してもどうにもならないと諦めたという事だ。
只、怪我をするだけだから。


「本当、信じられねぇ程、馬鹿な女だなお前は」
「…(やった、って何?何を!?あたしの方からやったって事!?)」
「昨晩も酔ってない酔ってないって、うるせぇ程言いやがって」
「…(いやいや、幾らそうだからって、酔った女にやられるタマじゃないよね!?普通に考えればそうでしょ!?)」
「結局、途中で酔い潰れやがって、しかも大人しく寝てりゃあいいのに」
「…(いや、けどあんたもあんたで断ればよくない?据え膳食わぬは男の恥ってわけでもないでしょうが)」
「知り合いだか何だか知らねぇけどな、とっくに終えてる宿屋を叩きまくって、結局知り合いじゃなかっただろうが、お前、どういう事だよ」
「…(あら?)」
「騒ぎ立てるもんだから、泊まざるをえなくなってよ」


宿賃はお前が払えよとキッドが口にした時点で全てを思い出した。
酔った上での愚行に理由付けなんてものは到底出来ない。
だから言い訳は出来ないのだが、説明がてら口を開いてみた。
完全に言い訳と化した。
知り合いに宿を経営している人がいて、
すっかりそこだと思ってしまって、いや、ほら。
キッドを紹介しようと思って。いや、理由なんてないけど。


「ご、ごめんねキッド…」
「とっととシャワー、浴びて来いよ」
「え?」
「そういう事じゃねぇのかよ」


何の疑いもなくそう言いのけるキッドは何かを隠しているのだろうか。
いや、あんたとあたしってそんな仲だったっけ?
幾らそう聞けどもキッドは明言を避けるし、
だからといって黙って部屋を出て行く勇気もない。
あれだけ迷惑をかけているにも関わらず、毎回許すキッドを知っていたから。


どちらに転ぶか分からない一歩を踏み出した彼に免じ、
シャワーを浴びに行こうかとも思ったが、やはり気がすまないので、
足音を潜ませ、こちらに背を向けているキッドに近づく。
背後から抱きつき、そういう事ってどういう事よ、そう囁けば
耳まで真っ赤になりながらお前は本当に馬鹿だ、だとかどうとか言いながらも
頑として振り向かないものだから、
密やかな嘘をかき消して、素直になりなさいよと続けて囁いた。






今年初キッドです。ようやく書けた。
彼の話は比較的甘めに、そうして明るく書ける気がする。
流れに任せて格好良く(?)
海賊的な流れにもっていきたかったものの
玉砕するキッド君でした。
2010/1/13

D.C./水珠