本当は触れたくない





もう少しだけ近づいてもいいかと呟いたキッドの声は掠れていた。
彼はその事に気づいていたのだろうか。
少なくともこちらは気づいていた。
だから応える事も出来ず、只、呼吸ばかりを繰り返したのだ。


どうしてここにキッドがいるのだろうかと、そんな事ばかりを考える。
崩れかけた建物が延々と続き、今はまだ日が暮れているから息を潜めているが、
日が昇れば命を奪う日常が繰り返されるだけのこんな場所に、
どうしてキッドがいる。


「…寒ぃな、ここは」
「…もっと冷え込むわ」
「マジかよ」
「日付が変われば、急に冷え込む」


そう呟いた彼女は闇を見つめていた。
。そう呟けど、聞こえているのか聞こえていないのか、
彼女は振り返らない。
崩れた壁に隠れるように肩膝を立て目を閉じた彼女は、
昔と変わらない顔を晒したまま、雰囲気ばかりを凍らせた。


を忘れた事など、大げさでなく一度も無い。
どの海域にいてもの事を思い、
今一度この腕できつく抱き締めたいと願っていたのだ。
だから、の噂を耳にした時には浮き足立った。


なァ、。お前はまだ一人で眠ってるのか。
だったら、今すぐにでも会いに行くのに。


見ず知らずの命を狩りながらも、
そんな胸中ばかりは子供のようにを想う。
まるで杜撰なこの思いを恋と呼ぶのなら、
会いたいと願う気持ちは純粋と言えるのだろうか。
を想うこの心はきっと純粋で、それだけはきっと純粋で、
それ以外が薄汚れているだけだ。


「どうして、ここに来たの。キッド」
「…」
「あんたは海賊でしょう。海に戻りなさい」
「…あァ。俺ァ、海賊だ」
「もう会わないって、言ったはずよ」


信念の為に生きる彼女は、
こんなに傷つきながらも懸命に戦い、そうして死ぬのだ。
最後まで強がり、何者も手に出来なくとも。
最初は、そんな彼女の生き様を受け入れようと思いもした。
確かに、そう思おうとした。馬鹿な真似だ。


「…俺ァ、海賊だからな」


欲しいモンは手に入れてェんだよ、
そう。そして気づいた。結局は受け入れる事なんて出来ないと。
どの道、心に染み付いたの面影は消えないし、
受け入れ我慢をしたところで何一つとして変わらない。だったら。


「あんたの相手をしてる暇なんて、ないのよ」
「知らねェな、お前の都合なんざ」
「キッド…!!」


こんなにもの事を愛していただなんて自分でも知らなかったのだ。
だから、もう二度と離したくない。
だから、こうして手を伸ばし、彼女を捕まえる。





補足なんですが、主人公は革命軍です(マジでか)
もしかしたら革命軍を
こう、勘違いしてるかも知れませんが(私が)
イメージ的には革命軍です。
どうやってキッドと知り合ったんだよ。
2010/11/17

AnneDoll/水珠