悲しみの旋律





この船を出て行くと言うの手を取り、無様にも場を取り繕った。
どうしてこの船から出て行くのか、その理由は。いや、違う。
どうしてこの俺から逃げ出すのか。お前には俺が必要なのか。
中途半端に出来上がった関係はそのままに、彼女は姿だけを眩ますつもりで、
それなのに理由一つ口にしない。


最初、この船に出る前だ。
一人ぼっちで過ごしたあの、凍えた日々を忘れてしまいたい。
凍てつく台地の中、暖かな場所などどこにもなく、
それでも二人、手を取りあった日々。
きっと、信じあう心があったはずだ。二人しかいなかったから。


「あんたにはもう、仲間がいるでしょう」
「おい」
「あたしがここにいる理由もなくなったわ」
「ふざけんな」
「ねぇ、ロー」


あたしはやりたい事をやるわ。
雪の中で手を取りあい呟いた過去の話だ。
確か、彼女は両親の仇を討つために海へ出たいと言っていた。
深いところまで話を聞かなかったのは珍しくなかったからだ。
そんな境遇の子供達は履いて捨てるほどいた。
の心が自分とは違ったとしてもだ。
凍りつく指先を少しでも暖めあえればそれだけでよかった。
きっと、あの頃は。


「…お前、俺が何も知らねェと思ってんじゃねェだろうな」
「何?」
「二度。確か二度だ。お前はここを離れようとした」
「…」
「俺ァ何も言わなかったけどな。けどお前は戻って来た」


今回もそうなのか。
ローの声が呟く。
まだ海は半ばで、手に入れたいものは一欠けらも手にしていない。
だから、今以上に失くすわけにはいかない。これ以上は。


「あんたはもう一人じゃないのよ、ロー」


振り返ったがそう言うものだから、感情の制止が利かず抱き締めた。
そんな事は分かっている。いや、だけど。
そういう事じゃあねェだろうが。


「だったら言えよ、戻ってくるって、嘘くらい」
「戻ってくるわよ、当たり前じゃない。あたしの戻る場所はここしかない」


こんなに弱いあんたを一人に出来ない。
吐く息さえも白く凍える。
断続的に降り続く雪はひらひらと舞い、海に溶けゆく。





ロー、ごめん…(二度目)
何か、何だろう。ロー。くらくなる…。
2010/12/09

AnneDoll/水珠