指先のちからで







握られた右手はマルコの熱のせいなのか酷く熱かった。
感覚は酷くおぼろげだったが、
泣いているマルコを見て、目覚めたのだと知る。
何が現実なのかは分からなかったが、
ロジャーのいない世界なのだと、それだけは分かる。
目覚めたという事は、あれはやはり夢だったのだ。
酷い頭痛がし、何が起こったのかを思い出そうともがく。
感覚のない左手を感じ、ドフラミンゴとの一件を思い出した。
助けられたのだと知った。


「…どうして、助けたの」
「俺ァ、お前を死なせたくなかったんだよぃ」
「どうしてよ」
「…」
「あたしはもう」


死にたかったのに。
小さなの声がそう呟き、やはりそうだったのだと思い知る。
この世の辛さを全て味わったのだと言わんばかりだ。
確かに、は長い間苦痛を味わっていただろう。


「死にてェだなんて、言うな」
「だって、もう疲れた」
「あァ」
「泣かないで」


の脈拍が揺れている。


「俺ァお前を失いたくねェ」
「…」
「俺のエゴだってのはよく分かってる。けど、どうしようもねェんだよぃ」
「…ロジャーに、会ったわ」
「何?」
「眠ってる間、ロジャーに会ってた」
「…」
「お前は来るなって言われたのよ。連れて行って、くれなかった」


の声は徐々に震え、そうして彼女は泣いた。
長い長い片思いはようやく終わり、
身も心も痛んだだけが取り残されたわけだ。
そんな状態で生き永らえるのは辛いだろう。
やはり、酷い事をしてしまったのだ。
夢も希望もない世界に留めてしまった。それでも。


「だったら、俺の側にいろぃ」
「…」
「お前を振った男の事なんて、忘れちまえ。俺はお前を泣かせねェし、お前より先に死ぬ事もねェ。だから、俺の側にいろぃ」
「…馬鹿ね」
「あァ」
「あんた、本当に、馬鹿よ」
「知ってるよぃ」


手を握ったまま照れ隠しの為にそう呟けば、
船医達が気を利かせ姿を消していた事に気づく。
もう少し寝てろと立ち上がれば、が弱弱しく手を離さず、
眠るまでこうしていてくれと言うものだから、
同じように座りなおし、彼女が眠りに落ちるまでやり過ごした。














快気祝いだと値の張るワインを持参したレイリーは
いつものように笑っていたし、すっかり開店準備を終えた
心なしか痩せた横顔で笑った。
左手は少しだけ動きが鈍いが、
日常生活に支障をきたさない程度に回復をみせた。
脅威の回復力だと船医たちは驚き、そうして喜んだ。


白ひげ海賊団で静養していた間、レイリーは一切姿を見せなかった。
彼なりのケジメなのだろうと思った。
二度と思い出すことがないように。
昔からずっとレイリーはそうで、万全に優しい。
自分の気持ち次第で全てに蹴りがつくと分かっていただけに、
居た堪れなくなった。


「随分、元気になったな。
「おかげさまで」
「嬉しいよ」


いつもの席、カウンターの一番奥に座り開店を待つ。
髪を一つに束ね、凛とした彼女の横顔をつまみに
ゆっくりとした時間を愉しむのだ。
これまでと変わらない平穏な生活を望む。
ようやくもそれを望むようになった。
自分の所には、来なかったが―――――
いや、今更野暮な事は言うまい。


「驚異的な回復力だな」
「!」
「こいつァ祝いだ、受け取りな、
「ドフラミンゴ、あんた」


僅かに開いたドアから投げ入れられたのは、
これ又、値の張るシャンパンだった。
予想外の客人に驚き、上手く言葉を繋げる事も出来ない。
ドフラミンゴは中に入る事無く、そのまま立ち去る。


「よかったじゃないか、。そいつは中々お目にかかれない代物だぞ」
「…毒でも入ってるんじゃないかしら」


ぼんやりとボトルを眺めていれば、
開店時間になったらしく、次々に客が入り始めた。
懐かしい顔がちらほらと見え、皆、一様におかえりなさいと笑う。
ここはあたしの店よと言っても同じだ。
もう戻って来ないかと思っていた、
そう言われればやはりただいまと応えるしかなくなり、おかえりという声が増える。
そういえばマルコの姿が見えないが、彼は一体何をしているのだろう。
ふと、そんな事を思うが増えた客足と同様にオーダーが殺到し、
あっという間に時間は過ぎた。














新入りを連れて来たんだと言いながら、
マルコが店を訪れたのは開店から三時間が過ぎた辺りだった。
ようやく慌しさも落ち着き、レイリーからもらったワインを開けようかと、
プレゼントをした当事者と話をしていた時にマルコはやって来た。


「随分、若いのね」
「ほら、エース。挨拶をしねェか」
「…どーも」
「見てのとおり、愛想のねェやつだが、宜しく頼むよぃ」


エースの頭を引っぱたいたマルコを見ながら、
これが生きている事なのかと知る。
あの二人に良く似た宝だ。
泣いてはいけないと思い、グラスを取る振りをしながら背を向ける。


「よかったな、
「…えぇ」
「本当に、よかった」


きっとレイリーも目頭を押さえ、涙を堪えているはずだ。
そんな二人の涙の意味さえ知らないまま、
不機嫌なエースはマルコの隣に座り、延々と説教を喰らっている。


ねぇ、ロジャー。奇跡は起きたわよ。


ようやく終わりました!!!
クソ長くて本当スイマセンでした…。
最後にエースを出す事だけを頼りに(?)
書き続けてたんですけど、初志貫徹です。勝手に。
もう前の話がどんなだったか忘れちまったよ、
位の頻度で書き続けてたんですが、
お付き合い頂き、本当にありがとうございました。


2010/12/9
pict by水珠