弑逆のような愛惜





いいから大人しく座っていろというスモーカーは、
どんな腹のうちを隠しているのかも分からない。
だからこちらはこちらで大人しく座っている、
だなんて真似は出来ないのだし、落ち着かない。
まず心が落ち着かない。ざわめく。


頭の中に浮かんでは消える、様々な罪状はばれていないはずだし、
よしんば、この男にばれていたとしてもだ。
表面上ではの関与は決して分からないのだから、
やはりなかった事になっているのだ。
色んな悪事に加担してきたが、余計なしがらみは負わないようにしている。
だから、臆する事は何もない。


「あんた、知ってたわね。こうなる事」
「何の話だよ。俺だって被害者じゃねェか」
「嘘吐いてんじゃないわよ」
「明日の朝には見回りの兵士が来る。だから、大人しく待ってろ」
「何のつもりなの」


海軍本部に呼び出されたのは、七武海の会合が終わった頃で、
ここ暫くはドフラミンゴと共に動いていたは、
厄介ごとに首を突っ込んでしまったのかと少しだけ後悔をしていた。
金の匂いに敏感なのは昔からで、互いが丁度いい距離感を保ち、
ビジネスパートナーとして重宝する。


その点でいけば、ドフラミンゴは非常にいい相棒だった。
しかし、海軍本部からの呼び出しがかかるとなれば、
一緒にいすぎたのだと思わざるを得ない。
七武海の部下だとでも思われていればいい迷惑だ。
を呼び出したのはクザンだった。


「まあ、そう喚くなよ。
「喚いてなんて、ないでしょ」
「俺と二人になるのは嫌か。まァ、だろうな」
「…何よ、その言い方」
「いや、別に」


クザンはわざとらしく大げさにを出迎えた後、
他愛もない話を進めた。最近、景気がいいみたいだね。
女で一つで大したもんだ。詰まらない話を聞き流しながら、
真意を探っていれば、脈絡なく別の話を振られ、返答に詰まった。
ここ最近、海軍の兵士が急に消えてるんだけど、
何か知らないかな。君のシマ付近で消えてるらしいんだよね。


「お前に会うのは随分、久方振りだな」
「そうだったかしら」
「お前が、逃げ回るから」
「人聞きが悪いわね、そもそもあたしと話なんてないでしょ」
「あるんだよ」


海軍のネズミが邪魔なんだと、褥を共にしている時に
ドフラミンゴが呟いたのがいつ頃だったか。
あの男は決定打をくれない。決して。只。
まるで独り言のように呟くだけだ。
七武海と海軍は良好な関係性を築いているんでしょうと笑えば、
上っ面だけはなと応える。
それが彼の答えで、彼がに求める事だった。


「お前が殺ったのは、俺の部下だぜ」
「何の話?」
「二ヶ月前、ブロンソンの港」
「…」
「覚えがねェとは、言わせねェ」
「…知らないわね」


答える瞬間、眼差しが流れた瞬間だ。
スモーカーが動き、の首元に十手を押し付けた。
彼女は能力者でない。だから押さえ込むだけ。
顎を上げた彼女は眉間に僅かな皺を刻んだまま、
こちらを真っ直ぐに見据えていた。
この女は決して口を割らないし、証拠なんてどこにもない。


「何の真似よ、スモーカー」
「お前は知ってるはずだ、真実を」
「真実?真実なんて、そんなもの、ないわよ」
「お前みてェに荒んだ眼で生きてりゃ、真実なんざ見えなくなるだろうが、生憎俺には見えるんでね。何を、隠してやがる」
「か弱い女を連れ込んで、こんな真似をしてるあんたに真実なんて見えやしないわ」


入り口の塞がれた、この教会跡は落盤の恐れがあるため、
昼間の間だけ監視が付いている。日が昇るまで五時間。
その間、この状態を維持出来るとは思っていない。
が息苦しそうに眼差しを歪めた。
頬を撫で、耳側で笑えよと呟けば腹を蹴られ、長い時間が幕を開けた。





ついったで出て来た、
『貴女の耳に触れながら潤んだ表情で「笑えよ」と言った』を
ベースにしたんだぜ、これ。
嘘だろ…とは本人が一番思っています。
2010/12/17

AnneDoll/水珠