(数限りない罵倒)





ケンカをしたと開口一番に告げ、
大きな足音を立てながら自室へ戻るを見送った。
その次に入って来るのは当然ながらキッドであり、
彼も非常に大きな物音を立てながら
(普通に生きていて、何故あんなにも大きな音を出す事が出来るのだろうか)
ケンカをした、と呟く。


この師走にお前達は何をしているんだとも思ったが、
とキッドがケンカをするのはいつもの事だ。
顔を合わせればケンカをしているような気がするが、
どうしてこの二人は付き合っているのだろうか。
それこそ、この海賊団の七不思議として提唱したい位なのだが、
現に事実として存在しているのだから、どうにも出来ない。
目前に座ったキッドはそれこそ、露骨に機嫌が悪いといった表情で、
先ほどから死ぬほどタバコを吸っている。
その癖に話をきいて欲しがるのだ。面倒な。


「…どうしたんだ、今回は」
「もう、知らねェ。愛想が尽きたぜ、俺ァ」
「だから」
「あの、浮気女!!」
「浮気ぃ?」


今回はこれまでと違うのかも知れない。
キッドがを『浮気女』と呼ぶだなんて、これは初めての展開だ。
いやいや、だけどな。


「お前の方がよっぽど浮気してるだろ」
「馬鹿!そういうんじゃねェんだよ!!」
「じゃあ、何だよ…」
「俺はいいけど、女は…あいつはダメだろ!?」
「お前、それはダメだろう。そもそも浮気はよくないしな」
「分かった風な口を利きやがって…」
「おいおい、俺は関係ないからな」


キッドの話はまったく要領が掴めない。
提示されたヒントは浮気。
流石にそれだけのヒントでは、内容さえ分からず、
単に機嫌の悪いキッドを相手にしているだけになっている。
二人がケンカをするのは勝手だが、
当の船長がこの有様では色々と支障をきたすのだ。


こんな時は酒を飲ませるのが一番手っ取り早いと知っている。
つい先日手に入れた(確かアレは、どこぞの海賊からだ)ウォッカを手に取り、
ショットグラスをテーブルに叩きつける。
視線を上げたキッドは、黙ったままそれを喰らった。














一週間前にキッドの浮気を目撃してしまった。
浮気というか何というか、兎に角見知らぬ女と暗がりに消えていくあの男を目撃した。
確かに、この男と付き合う際には、自分も似たような境遇だった。


というか、仲間になり同じ船に乗り込み、
こうなるまでには随分な時間が費やされたもので、
その間にいい所も悪い所も腐るほど知ったというのに、
今になってこんな状況に陥るだなんて馬鹿すぎる。


だから、キッドが暗がりに消えた時も無理矢理動揺を隠し、
こんな事はよくあるのだと思い込んだ、いや、思い込もうとした。
最終的にキッドが自分の元に戻って来ればいい、だとか、
あれは遊びの一環だ、だとか。そんな事を言うつもりは毛頭ない。
キッドの気分次第でいつ捨てられてもおかしくはない。
いや、でもそれを言うのならキッドも同じ立場だ。


只、今のところは(キッドこそ知らないだろうが)随分と彼に惚れているもので、
こちらから関係を切る未来は見えない。
そんな事を考えていれば何もかもが面倒くさくなった。


「何やってんだか」


暗がりに女と消えたキッドは何ら代わりのない態度で戻り、キスをした。
他の女の匂いはしなかった。
動揺するわけにもいかず、そのままやり過ごしたが、やはり心は落ち着かない。
だから買い物に出たのだが、それが厄介ごとの始まりだったのだ。


街中でばったりローに出会った。
一人で何をしてるんだと言われ、買い物だと答えれば見てりゃ分かると言う。
相変わらず掴みどころのない男だと思いながら、普段ならしない事をしてしまった。


『ねぇ、一つだけ聞いてもいい?』
『何だよ』
『どうしてあんた達は浮気をするの』
『…あんた達、ってのは何だよ』
『そこは気にしないで』


の唐突な質問に視線を寄越したローは笑ったように思える。


『ユースタス屋の話だろ』
『聞いた事にだけ答えて』
『そういう遊びだろ、気にする必要もねェ』
『遊び?』
『お前はしねェのかよ、浮気』
『あたしは、しないわ』
『そいつは残念だな』


喰えない男はそう言い笑った。
やけに笑うものだと思い、ふと振り返れば
少し離れた所にキッドがいて、だから笑ったのかと知る。
随分と怒った様子のキッドはの手を取り、何をしてやがると毒づいた。
お幸せに。そう言い去りゆくローを見送りながら、
何て悪趣味な男なんだと、思った。














「それは浮気がばれたんだろうな、多分」
「…そりゃ、マズイ」
「だから俺は止めておけと言ったろう」
「やっちまった事はどうしようもねェだろ」
「開き直るのも結構だけどな、それでアイツが別れるって言ったらどうするんだ、お前」
「いや、別れねェけど」
「お前の気持ちは関係ないんだよ。そもそも、お前が同じ事をされたらどうだ?」
「そんなもん、決まってるだろ」


どっちも殺すと息巻くキッドはの部屋の方を見つめる。
トラファルガーの野郎と話をしているの姿を見ただけで、これほどの殺意だ。
いざ彼女が浮気をしたらこの手はきっと命を奪う。


「いいから、謝って来い」
「…そんな真似が出来るかよ」
「(まったく、どうしてこんなに頑固なんだ)だったら、部屋に言って来い」


重い足を引き摺り、ゆっくりとの部屋へ向かうが、
どう声をかけていいのかが分からず、名を呼んだ。





今年を振り返れば以下略。
珍しく男気溢れる(性的な意味で)キッド。
しかし、キッドとキラーの話は無駄に長くなる。

2010/12/31

AnneDoll/水珠