君という名の代償





あの女がまさか涙を流すとは思わず、
自分が驚いているのだから他の驚きようは
眼を見張るものだろうと一人納得した。
だから俺は最初から言っていたでしょうと言えども
の耳には届かないらしい。まあ、それも今に始まった事ではない。
は話を聞かない。クザンの話は絶対に聞かない。
腹をたてる事もなくなった。


すっかり部屋に閉じこもり姿を見せなくなってからどの位の月日がたつのだろう。
あの時はクザンも必死だったわけで、
その姿勢が愛に塗れていたからとしても弁解するつもりはない。
まあ、弁解出来ないと分かっていたから人目につかないよう処理した。
ポートガスが捕まったと知った瞬間、脳裏を過ぎったのは の顔で、
その後すぐに様子を伺えば案の定、奪回しに行く等と息巻いているものだから強めに討った。
正気を失いかけている はそれを避ける事が出来ず、ダイレクトに打撃を喰らう。
半日は気を失うだろうと考え、その隙に手を打たせてもらった。


自室での軟禁生活。
手荒な真似をしたくなかっただとか、海軍としての体裁を繕っただとか、
その手の言い訳は通用しないのだ。
この件は という女に対するクザン、一個人の感情だけで動いているから。
本来ならば決してしてはならない事だと知っていた。


「…何なのよ」
「あらら、あれだけ言ったのにまだ食べてない」
「出て行って」


海桜石の手錠をかけられた はベッドの上で腐っている。これまでと変わらず。
この女を手元に置く為に、これまでどれほどの徒労をしてきたのか。
海軍の理念に通ずる事が出来ない彼女は幾度となく去りかけ、
その度クザンは引き止めた。ありとあらゆる手を使って。
最終的に力ずくとなるものだから、いつしか は好きにしろと諦め始め、
ようやく手がかからなくなると安心しかけた辺りだ。
がポートガスと出会ったのは。最悪の出会いだと思った。


任務の為にクザンが の側を少しだけ離れた、
そんなちょっとした隙に出会いは演出されたらしい。
戻ってみれば は本部を離れ、ポートガスを追っていた。
駆け落ちに似た行為だと思った。
そうして彼女はこのまま海軍を辞めてしまうつもりだろうと、漠然と感じた。
あたしの人生はあたしのものよクザン、
心以外なら全部あんたにあげる。だから放して、だったか。
幾度も掴まえたはずの彼女の腕を最後に掴んだあの瞬間、放たれた言葉。
背後に見え隠れする男の影を知りながらも腕を離してしまったのは打ち砕かれたからだ。


「あんたはどうして、俺の言う事を聞かないかね」
「あんただけじゃない、あたしは誰の言う事も聞かないのよ」
「…嘘が下手だ」
「みんながみんな、あんたみたいに嘘が上手くないのよ」


こんな部屋に を縛りつけ、何かが変わるとは思っていない。
変わるとすれば己だ、 は決して変わらない。その必要がないと思っているから。
差し出せば振りほどかれる手を知っていて、それでも手放せないでいる。
君という名の代償がもたらすのは悲劇だと、心のどこかで警鐘が鳴り響いている。
間違っていると口にしても、果たしてそれはどちらの事なのかが分からず、
この部屋のドアを又、閉めた。






青キジを初めてクザン表記で書いてみました、の回。
今後はクザンでいこうと思ってます。名前だし…。
というか、久々の青キジなのにクソほど暗いいい!!
青キジのこの嫌な暗さは他の追随を許さない感じがしてます…
2010/1/13

D.C./水珠