失ったものは一つじゃなくても





そのまま一人で生きていくつもりなのかと、マルコは言った。
全てが終わり、新しい時代の幕開けを迎えた直後の事だった。
半壊した海軍本部を背に(どうやらここまでは赤髪の船に乗り合わせてきたらしい)
深い溜息を吐き出したは疲れた眼差しを向け、
今更何を言っているのか、そんな眼差しを向けた。


全てが終わり、そうして新しく始まったこの場所で、
彼女が何をどう感じたのかは分からない。
只、こちらも慌しくなると分かっていたし、長話が出来る状況でもない。


「…残念ね」
「…」
「本当に、残念だわ」


何が。
それを聞けず、只、背を見送る。
そういえば、彼女にとって重大な別れはこれで二度目になるのだと、
の姿がすっかり消えてしまった後に思い出した。













ある程度の年数を生きれば、別れなんてものは嫌でもぶつかる障害だ。
先は見えず、それでも延々と続く道。
随分生きてしまい、さほど心揺さぶられる事態は見受けられなくなった。
すっかりと鈍くなってしまったのだろう。
そんな折、エースが海軍に捕らえられたと知り、静観する。
度々、顔を合わせるシャンクスとは幾度か話をしたが、まだ心は揺れなかった。


只、その頃から夢を見るようになった。あの頃の夢だ。
ここ数年でようやく見なくなった夢。あの、重苦しく悲しい夢。
だから思わず、夜中にシャンクスを尋ねただなんて笑える言い訳だ。
それでもあの男は何なく受け入れるものだから、だから嫌になる。


寝静まった時間帯に忍び込んだ。
シャンクスは驚きもせず、珍しいじゃねェかと呟き、
ベッドから起き上がった。


「…どうした?」
「別に、どうもしてないけど」
「そうか」


笑いを押し殺しながらそう答えたシャンクスは、
少しだけ寝ぼけた眼差しを和らげた。
この男は知っている。いや、もうこの男くらいしか残っていない。
思い出を共有出来るのはこの男しかいない。
だから、未だにこんな真似をしてしまう。


過去を共有できない相手は信用出来ないし、
過去を知っていたところで弱味に捉える奴らとも仲良くは出来ない。
臆病な本質が面倒さを増す。


「又、夢でも見たか」
「!」
「そんな時しか来ねェからな」


淋しいもんだぜ。


「…いい加減にしなきゃいけないって思ってるんだけど。駄目ね。全然慣れない」
「…エースの件か」
「まぁ、多分、それが原因ね」
「こっちに来いよ、。冷えて仕方がねェ」


彼の優しさに甘え、まんまと腕の中に納まる自分は仕様のない女だ。
いい年をして、まるで子供のように甘えたがる。
その癖、どうにも素直でないものだから強がる。
我ながら己の厄介さは知っている。


こんな生き方を続けても何一つ得られないと、それも知っているのに。
目を閉じれば死にゆく人々の顔が浮かび上がる。
これ以上のものはないと確信し、
決して手放さないと掴んだものは全てなくなった。


失う事の恐ろしさを知ってしまい、
立ち直れこそはしなかったがこうしてまだ生きている。
一生立ち直れず、引き摺りながら生きていくのだと思う。
だから、あたしはこうして、一人で。


「何が起きても別に大した事じゃねェぞ、あいつが海軍に捕まったってのもティーチの野郎が絡んでるとなりゃあ、そりゃあ解せねェが納得はいく」
「…」
「時代が動くってのは、そういうもんだ。俺もお前も、嫌ってほど見てきたろ」


シャンクスの片手が髪を撫でた。
答える事が出来ないまま目を閉じる。
動揺し、鼓動が不規則な音をたてているが彼は気づいただろうか。





マルコかと思いきやシャンクス

2011/2/25

AnneDoll/水珠