沈黙が落ちた朝





夜の魔法が消えた朝に毎度思う事だ。何故、どうして。又。
倒れたボトルとグラスに薄く残ったシャンパン。皿に乗ったままのチーズ。
無造作に放りだされた携帯電話は不在着信のランプが点滅している。二台とも。
口の開いたままのバッグはソファーに沈んでいるし、
その上には脱ぎ散らかされた衣服がばら撒かれている。
ベッド脇に落ちていた下着を拾い上げながらそんな室内を見回していた。何の進歩もないと。


互いが互いの仲間に嘘を吐き続けている。
身分を忘れ只の愛なんてものを(正直なところ、それが愛だと確信は持てていない)
貪りあう、そんな関係を続けているのだ。生き方を変える事は出来ずに。
時折、これは愛なんてものではなく、只の惰性ではないかと勘ぐるのだが、
頻繁に顔を合わせる事が出来ないからか、いざ顔を合わせれば詰まらない勘ぐりはすぐに消え去る。
いや、消してしまうのだ。心が。
もう片時も離せないと、いなくなれば生きてさえいけないと思うほどに。
それでも互いに口には出せないでいる。ずっと一緒にいるとは。


「…あんた、今日は休みなの?」
「あぁ、いい加減、有休を消化しろってうるさくてな」
「何?いいご身分ね」
「羨ましいか?」


スモーカーに笑いながら引き寄せられた は、ぼんやりと太い腕を見つめる。
この身体に巻きついた太い腕を。
何れ自分はこの腕に捕らえられるのだろうか、その都度そう思う。
その場合、今とどう違うのか。捕らえられ方は。
確信をつく会話を意図的に避け、先の事を考えないように目を瞑った。





感情的になり部屋を飛び出したはいいものの、もうじき日付の変わる時間帯だ。
交通機関は止まっているし、それならばタクシーを使うしかない。
ところがだ。こんな時に限ってまったくつかまらない。
行き場所がないからといって、あの部屋に戻るのは御免だし、クラブに向かうのも気分が乗らない。
どうしようかとイラついていれば一台の車が止まった。
市街地をうろついているナンパ用の車のように若さのない車だ。


「何をしてんるんだ、お嬢さん」
「…タクシーにしては、金がかかってるわね」


顔を見せたのは眼差しが鋭い男で、女を漁るタイプのは見えなかった。
第一線の品定めはクリア。只、そうなれば彼の目的が分からない。


「何?乗ったら、二度と戻って来れないとか?」
「どうだかな」
「あたし、そんなに軽くないわよ」


じっと目を見つめそう言えば、どうだかな、男がそう言い笑うものだからドアに手をかけた。
そのまま男は車を走らせ、何となくのドライブが始まる。
どうして声をかけたの、 がそう聞けばわからないと答え、
少しだけ腹のたった が目的は何だと聞けば、それもわからないと答える。
じゃあ、行き先はどこよ。流れる光を見つめながら呟いた。





互いに口には出さなくても気づいているのだ。
が気づいたタイミングは電話口の口調。
スモーカーが気づいたのは、恐らく。
いっその事、こちらが堕ちた瞬間に捕らえてくれればいいもののスモーカーはそれをしない。
だから逃げる事も出来ない。


沈黙が落ちた朝。そんなものが訪れれば、恐らくそれが終わりの合図だ。
それでも彼は他愛もない会話を投げてくるし、 も口を開く。沈黙は訪れない。
恐れているのかも知れない。曖昧な状態が心の底に残り、どれだけ苦しくても決して突かない。
終わらせたくないから。苦しくても失くすよりはマシだから。
明日にも目の当たりにするかも知れない。現実を。
もし、そんな場面に遭遇すれば一体どうしたらいいのだろうと思いながら
スモーカーの腕に抱かれていた。






言い訳として、携帯電話という単語は
スルーでお願いします。
携帯電伝…
いや、もうそれは無理だろうと思って…。
海軍と海賊という関係のみのような
気がしないでもないです(スモーカーは)
2010/1/16

D.C./水珠