届かないファルセットの残滓を舐めとる








お前はそんなタマじゃあねェだろうと目前のローは言うわけで、
確かにその通りだと思いながらも視線を逸らした。
そんなに素直なわけがねェし、そんなにも優しいわけがねェ。
お前はそんなにも無害な人間じゃないんだと、
この男は分かったような事ばかりを言う。


「…あいつらは知らねェんだろ」
「そうね」
「隠し立てする事もねェだろ。お前はお前だ」
「わざわざ口にするような事でもないでしょ」
「気になっちまって。悪ぃな、お前が又、誰かを騙しちゃいねェか気になってな」


この男は全てを知っている。少なくとも、これまでの全てを知っている。
何故なら共に過ごしていたから。
幼い頃から周囲を欺き生きてきたを酷く近距離で見てきたからだ。
まるで真実のように口を開けば嘘ばかりが吐き出され、
自身何が本当で何が嘘なのかが分からなくなる。
相手に好かれようと常に笑顔で、そうして懐に入り込み奪う。
奪えるものは何でもよかったが、出来れば大事にしているもの。
歳を重ねれば重ねるほど一番大事なものを奪いたい欲求が増した。
そんなを横目に性質の悪い女だと哂うローは
同じ立ち位置をキープする。傍観者としては最適の場所だ。


「あたしは誰も騙しちゃいないわ」
「へェ」
「本当よ。まぁ、あたしの言う事を信じろってのが土台無理な話かも知れないけど」
「俺ァてっきり、奴らも騙してるんじゃねェかと思ってたが」
「…そこでしょ、あんたが聞きたかったのは」
「今更、変わろうなんてのは納得がいかねェ」


野郎はお前に何をくれやがった。


「やめてよ。あんた、あたしに興味なんてないでしょ」
「確かに俺ァ、お前に興味なんざねェが―――――」


極悪非道の名を好きなように使い、
縦横無尽な振る舞いをしているあの男と出会ったのは、
がこれまでで一番の失敗を犯した日の事だった。
完璧に騙せていたはずの相手に腹の内が知れ、これが最期なのだろうと思えた。
これまで散々美味い汁を吸ってきたのだし、特に思い残す事もない。
町の中心部に設置された処刑台は日頃、海賊の命を奪う為のものだった。
まるで消えていない血の匂いを側に感じながら、
つい先刻まではこちらを愛していると囁いていた男を見上げる。
恐らく、自身の命を奪う予定の男を。


「おもしれェじゃねぇか。お前の、話」
「…」


女一人に随分なやり方じゃねェかと口を挟んだ男を知っていた。
ユースタス・キッド。
何故あの男がそこにいたのかは分からないが、
ギロチンがの首を跳ねる前にキッドは壇上にあがり、男を殺した。
金か名誉か。確かに死んだ男はそのどちらをも持っていた。
ショウが狙い、取り損ねる程度は。
凶悪な海賊に命乞いをするのも気が引け、無言のままキッドの動きを見守る。


町自体を占領したキッド達は謀略の限りを尽くした。
その様でさえはギロチンの下で見ており、
正直な所身の置き場がなかった事も事実だ。
一通り謀略を尽くしたキッドはふとこちらに歩み寄った。
髪を掴み顔を上げさせ、一言。


「真に受けたってわけじゃねェだろ」
「…さぁね」
「馬鹿じゃねェのか」
「そうかもね」


拾ってやろうか、お前の命。
キッドはそう言った。只それだけだ。たったそれだけの言葉。
それでも心は動揺した。
生き永らえたかったわけではないが、それでも心は動揺した。
自由になった身体を伸ばし、自分を殺しかけた男の躯を踏む。
骨の折れる音が聞こえた。


「だから、あたしは今ここであんたとお話してる場合じゃないのよ」
「いいんだな」
「何?」
「という事はだ。今日からお前は俺の敵だぜ、


こちらに触れもしない男はそう言いながら口元を撫でる。
やはり返す言葉を持てなかったはローを一瞥し、
構わないと溜息を吐き出した。





キッドは名ばかりの出演ですよ。
今回更新全てがローという体たらく。

2011/7/23

AnneDoll/水珠