ぼくの体温できみが消えてしまうのが怖い








心はそこに置き座られたままで身体だけが動いた。
不思議なもので温度はなく、
これから先自身に何が起こるのかも分かっていた。
相変わらず喉は乾いたまま瞬きする事さえ億劫で息苦しさを覚えていた。
一歩、二歩と近づいたを見上げたローは黙ったまま立ち上がり、
こっちへ来いと手招く。
何も答えないまま頷いた。



目の前を歩く余り知らない男が向かった先はどうやら自室で
(確かに先程までいた部屋は共有のリビングのような部屋だった。
事を起こすには不釣り合いだろう)部屋に入ると鍵を閉めた。
狭い部屋に二人きり。
こんなに沈んだ気分で。
足元ばかりを見ていたは今更後には引けないのだと、
そんな事ばかり考えていた。



「…おい」
「!」
「こっちに来いよ」
「…」



ベットに座ったローは事も無げにそう言い、手を差し伸べている。
立ち竦み進めない。
奥歯を噛み締める。
目を閉じ覚悟を決めるが。



「そう気負うなよ」
「…」
「何も特別じゃねェぜ」



エースは頻繁に女と姿を晦ましていた。
特定の女ではなく、各港で遭遇した様々な女だ。
特に隠す事もなくどの港でもそうするものだから、
何時しかあの後姿がお決まりになった程だ。
あんな風に肩を抱かれる日はいつになっても来ないのだろうと思いながら
そんな様を見つめていた。



エースに肩を抱かれた女達は
今の自分のようにぼんやりと抱かれていたのだろうか。
ローに触れる度、指先から染みついていたはずの匂いが
消えていきそうで動揺する。
一度として抱かれた事もない癖に。
一度くらい抱かれていればこんな気持ちを引き摺らずに済んだのだろうか。
玉砕覚悟で気持ちを伝えていれば。



「…お前、火拳とは」
「想像通りよ」
「バカな女だな」



溜息交じりにそう呟いたローにばれないよう、腕で顔を隠す。
この男が貫く度に記憶も思い出も薄れていきそうで切なく、
そうしていれば涙がじんわりと浮かんでくるのだ。
果たして存在したかどうかも分からない感情を屠るべく
こんな真似をしているが、意味はあるのだろうか。










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事後、どうやら少しの間眠っていたらしい。
見ていたかどうかも分からないが浅い夢から目覚めたようだ。
ぼんやりと記憶を辿りローと寝た事を思い出す。
身を起こしかければ隣に寝ているローに腕があたり、
身動きが取れなくなった。



そう。
この二時間程度の間にこの身体はローに抱かれた。
何かが変わったわけでもないし、そんな気分にもなってはいない。
だけれどもうここにエースはいない。
あれだけ染みつき取れなかった彼の匂いもまったくせず、
もうたったの一人になってしまったようだ。
貫かれた際、身体と身体の隙間から零れてしまったのだろうか。
心の中がさみしくてさみしくて、これが別れというものなのか。



やはりもうこのままではここにさえおれず、
眠るローを跨ぎベットから降りた。
床に散らばる衣服を拾い集める。
なるべく音を立てないよう静かに着替え、
最期に一度と眠るローを見下ろした。



「またね、くらい言っていきな」
「起きてたの、あんた」
「行くのかよ」



行くなと言えないと分かっている。
が留まらない事も知っている。
身を交わせども距離一つ縮まらず、何も伝わらずこの女は出ていくのだ。
だってこれには何の意味もないからだ。
バカな彼女に現実を教えてあげる他、何の意味もなさない理がこれだ。



またね一つ言わずドアを開け出ていくの背を見送り、
無駄な事をしたものだと自嘲する。
の温もりが残ったままのマットレスを指先で触れれば
そこから浸食されそうだ。
病ごと貰い受けたのかと思えばゾッとするが、
こちらは彼女ほど臆病ではないわけで、
これでようやく封切りだと一人笑った。




一応これで終わりです。
みんながみんな無駄な事をしているという
マジで不毛な夢だぜ

2015/11/19

なれ吠ゆるか/水珠