君の下で生死を謳う





マルコは酷く無愛想な男だ。
エースがよく笑う為、そう感じるのかも知れない。
皆より一歩下がった場所で静観し、誰よりも状況を把握している。
何の気なしに肩を引かれれば、目前を弾が擦る何て事は茶飯事であり、
その都度 は又、命を拾われたと思う。
気をつけろとも言わない彼は、まるでその行為を当たり前のようにこなす。
一度だけありがとうございますと伝えた事があった。
マルコは一度だけこちらを見て、何の事だかわからねぇよぃと答えた。


だからそんなマルコがエースと の喧嘩を、
極自然なタイミングで仲裁しても腹はたたなかった。エースにしてもそうだろう。
途中から、それを待つようになった。互いに引く事が出来なくなったからだ。
きっとマルコは、それも知っていた。


「マル、」


マルコ。
言いかけた瞬間、重なった唇とかち合った視線。重心が崩れる。
かろうじて壁に背をつけば、マルコの腕が を挟んだ。
舌が唇を舐める。マルコの胸に手の平をあて身を捩った。
ちょっと待って。待ってよマルコ。
何故か涙が流れ、マルコの頬を濡らす。
待って。


「どうしたぃ」
「……」


彼は相変わらずの眼差しでそう呟く。酷く近い距離でだ。
この口付けにどんな意味があるのかは分からない。
マルコの気持ちも、自身の気持ちも。
それでも言葉一つ繋げる事が出来なかった は泣いてしまい、
マルコはそんな を只、黙って抱き締めた。









目の前には悪意が渦巻いているというのに、
まるで集中出来ない理由は自身の弱さだと知っていた。
あの日以来、エースとは話をしていない。
顔を合わせる仲間は口を揃えて、いい加減に仲直りしちまえよと言うが、
エースは軽く話を流すし、 も黙った。
話を流すという事は、彼にはまだその気がないという事だし、
それは今までとは違うという事だ。
マルコは普段通りで、特に何かを言ってくる事はなかった。


こんな状態で戦えるのかと思っていれば
お膳立てされたように敵襲があり、エースの元へ向かう。
エースは、 に背を預けなかった。こちらに視線も合わせずに。
だから も黙って従った。
血生臭い足場に辟易しながら全体を見渡せばエースが目につく。
ねぇ、あんたは今、何に対して怒ってるの。誰と喧嘩をしているの?


「エース!!」


エースの背後に矢が見えた。彼は気づいていない。
もう一度叫んだ。エース。
血まみれの状態で弓を引いているあの男は確か。


「エース!」


あれは確か、海桜石の矢だ。誰かが厄介な相手だと言っていた。
駆け出す。間に合うだろうか。分からない。それでも。
思い切り踏み出し、エースに飛び込んだ。彼の驚いた眼差し。後、少し。
彼が振り返る直前に激しい痛みが背を突いた。燃える様に熱い。この熱さは何だろう。
秒毎に意識が飛び、何コマめかの視界にエースが映った。
狼狽した、まるで泣きそうな表情を見て、こちらが泣きそうになる。
そんな顔をしないで、しないでよエース。


「―――――」


辛うじて吐き出した言葉は彼に届いたのだろうか。
強い吐き気を覚え、エースの両腕がこちらを抱きすくめたように思う。
只、このまま死んでしまえるのなら、それでも構いはしないと思っただけだ。
エースの腕の中で絶えるのなら。
彼に殺されるシナリオよりは、少しだけ救われるような気がしていた。









余りに奔放な彼の背に、大きな影を見つけたのはいつ頃だっただろうか。
エースにぴたりと寄り添い、片時も離れない。
目にしてからというもの、頻繁に翳るようになり は目を疑う。
どうにも彼は の眼差しに気付いたらしい。少しだけ笑み、眼差しを逸らした。
皆と女を買いに行く背を見送り、だらしない姿を見送り、
酒に浮かされ戯言を口走る彼を見過ごした。
あの影がエースを操っているとしたら、彼は苦しんでいるのだろうか。


そういえば一度だけ、関係を持ちかけた過去を思い出す。
泥酔したエースに半ば無理矢理に腕を引かれ、部屋へ連れ込まれた。
抗っても無駄だし、特に嫌ではなかったからだ。
各地で女を買うのだから、例えばその相手に選ばれてもいとわなかった。
むしろ嬉しいとさえ。 も半ば酒に飲まれていたから。
衣服を脱ぐ事さえ煩わしいと半裸のまま覆い被さったエースは
をじっと見つめ呟いた。
何をしてんだよ。
誰に対してなのかは分からない。
急に白けた室内は嫌に冷たく感じ、途中で中断された戯れが酷く残酷に思えた。
床に寝転がり目を閉じたエースは眠っていたのだろうか。
分からないし、知りたくもなかった
そのまま部屋を出て、少しだけ、泣いた。


何故そんなに嫌な事を思い出すのだろう。
あれ以来、 は出来るだけ酒を控えた。
エースの傍で飲む事はなくなった。
それなのに何故、思い出す。


ふと目覚めればエースが泣いており、不思議と驚く事もなかった
何をしているのだろうと考える。
嗚咽を耳にしていれば、そういえば背を射られた事を思い出し、
それでも涙の理由ばかりを探していた。











『僕を恨んで世界に泣いて』の主人公verです。
何となく書いてみたかったんですよね…
ちっとも心通わせられない二人。
2010/1/28

D.C./水珠