嘘を吐くのは君にだけ





グラスについた水滴が零れ落ちる様を見つめていた。
は他愛もない話をしている、今日会った誰かの話とか、そういうものを。
オーダーした創作料理は香辛料の味がきつく、
先ほどからフォークで肉を細切れにしているローは水滴ばかりを見つめている。
とこうして出かける事は余りない。
彼女も忙しいし、それは自分も同じだからだ。
目的地が同じ点を除けば余り共通点はなく、命のある状態でよく関係が続いていると思った。


彼女が髪を伸ばし始めたのはいつ頃からか。
化粧も服装も、特に目立って変わりはしないのに雰囲気が違えてきたのはいつ頃からか。
口には出さないまでも気づいていた。


こんな生き方をしている為、関係を明白にした事はない。
これから先も明白にする事はないだろう。どちらも望んでいないから。
の空々しい位に詰まらない話も、
珍しいほど不味いこの肉も偶然ではないのだろうと、何となくだが思った。
約束一つ出来ず、どちらかが一方的に呼び出し会う関係は継続不可だ。
そんな事は知っていたのに。


「あんた、全然あたしの話を聞いてないのね」
「―――――何?」
「今に始まった事じゃないけど、本当に話を聞かないんだから」
「悪ぃ」


このままではいけないと分かっている。嫌な沈黙が訪れてしまう。
だから は詰まらない話を続けているし、ローは肉を刻んでいる。
どこまでも、いつまでも一緒にいたいと思う癖に術を知らないのだ。
失くしても響かない様に接触は極力少なく、心を通じ合わせる事も失くす。
しかし、飢えた。


どうしてお前は海賊なんだろうな。
そう言えばきっと も同じように言う。
どうして俺達はもっと早くに出会わなかったんだろうな。
これも同じだ。互いに捨てられないものが多すぎて先へ進めなくなっている。
捨てる事は出来ない。だから進まない。


「もう、止めようか。ロー」
「…」


ふと の皿を覗けば彼女の肉も細切れになっている。思わず顔を上げた。
のグロスは微塵も光を失っておらず、一口も食べてはいないのだろうと思った。
相手でなければ、こんなに静かな店で食事をする事もないだろう。
もともと無理だったんだ。そんな事を告げた。
そうね。 はそう言い笑った。


まったく卑怯な言葉を吐き出してしまったと思ったローは
先に席を立つ を追いかける事も出来ず、
只、遠ざかるヒールの音ばかりを聞いていた。









誰かを責めるわけにもいかず、だからこの胸は酷く締め付けられる。
とはもう会えないだろう。曖昧な関係は曖昧に終わる。
気持ちだけが取り残され、時間だけが過ぎていく。
不安が足元から音を立てて沸き立つ。もう会えない。


あの時、 はどんな言葉を待っていたのだろう。
何の根拠もなく大丈夫だと言えばよかったのか。
何れにしても卑怯だし、嘘だ。


もう手の施しようはなくなっているというのに、
今夜泊まる予定だったホテルへ向かっているローはなす術を知らない。
カウンターへ向かい部屋番号を告げる。
あんなに不穏な空気は何も今夜が初めてではないのだし、
互いに気づいている癖に目を逸らしていただけだ。
今更弱腰になるなよと、 は罵るだろうか。


「…遅いのよ」
「いや、一緒に飲もうと思ってな」
「あの店、失敗だったわね」
「ああ。口直しだ」


当たり前のように はベッドに座り、暗い海を見下ろしていた。
二度と会う事は出来ない。
そんな思いを抱いたまま生きてはいけず、明日を生きる為にこうやって思い出を作る。
薄れかかれば又作る。逃げなのだろう。
もローも、互いから逃げている。それでも離す事が出来ない。
冷えたグラスにシャンパンを注ぎ に渡す。
乾杯もせずに一気に煽れば のグロスが少しだけ輝きを失った。













こういう、先の見えない系はしんどそうだ。
ずっと一緒にいる事が出来ないと
分かっている相手と関係を切れない話。
嘘を吐いてまで一緒にいたかったローと、
その嘘に気づいている主人公。
まあ、救いはないんですけど…案の定暗いし…
2010/1/28

AnneDoll/水珠