願いは忘却





大量のカモメと共に登場する彼女の事を知らない野郎はとんだモグリだ。
大きな水しぶきを上げ、目を見張る程のスピードで彼女の水上スキーは姿を見せる。
誰もが心待ちにする存在。特に料理人達が待ちわびている。
水上で生活する例えば海賊のような存在相手に
商売をするなんてのは大層厄介な仕事に違いない。


「おい、 !手前を待ち侘びてたぜ!!」
「今回はいいのを持って来れたわよ」
「早く上がれよ!」


海に出れば元海賊なんてのは腐るほどいる。
それぞれに何かしらの理由があり海賊を辞めたのだろうが、
この に関しては何故海賊を辞めたのかが分からない。
噂に寄れば新世界に到着した前後で海賊団が解散したらしいが、
そうなれば何故、又しても理由を求めてしまう。
昔の話をしたがらない彼女に聞く事も出来ず、そのまんまにしておいた。
船へ上がった はまず白ひげに顔を見せる。そうして少しだけ談笑。
その間に料理人達は の荷物を我が物顔で広げ、物色を始める。
毎度行われる光景だ。


「…よぉ」
「ご無沙汰ね、マルコ」
「元気そうだな」


談笑が終わった は一人、光景を見渡すマルコに近づいた。
これも毎度行われる光景だが、当の二人は気づいていない。


「久々に会ったのに、相変わらず愛想がないのね」
「元々の顔だよぃ、文句言うな」
「少しは笑ったらどうよ」


の指がマルコの頬を突く。
相変わらずな表情のマルコは止めろと言いながらも特に嫌がる様子もない。
いや、それどころか―――――
この二人以外はとっくに気づいている。
マルコの表情こそ変化がないが、あれは喜んでいるという事。
が来る事を誰よりも先に察するのは彼だという事。


「そう言や、 。お前、考えたかよぃ」
「えっ…」
「お前…」
「ほら、忙しくて!」


これも毎度だ。


「お前、何度目だと―――――」


何度目になるのか。とっくに数える事を止めた。
まるで水を掴もうとする事のようで、無駄な事をしているようで。
俺の下で働く気はねぇか。
何て、彼女の過去を知れば失礼極まりない提案を掲げてしまった。
何だか一緒にいてくれと言うのは気恥ずかしく、
似たような意味を探せば口を突いたのはそんな言葉だった。
少しだけ自己嫌悪に陥った。


が来たとなれば今夜は夜通しで酒盛りが行われるだろう。
逃げるように料理人達の元へ向かう を見送りながら、
何となく聞いてしまった過去を思い出していた。














この男を海賊王にする。
そう心に決め共に旅へ出はしたものの、彼の心が先に折れてしまったのだ。
誰にも咎められない。
もう無理だと弱弱しく呟いた彼に、ありがとうと呟いた は夢を捨てた。


「おい、おい!飲めよ !」
「ちょっと待ってよ」
「飲め飲め! !!」


こんな酒盛りにもようやく慣れた。
余り思い出さなくなったような気がする。
こうやって騒ぎ、満天の星空を見上げ、そんな時には彼が隣にいて―――――
酔いが回り始めたと察し、腰を上げる。
ゆっくりと輪から抜け出し夜風でも浴びれば妙な想像はすぐに消えるだろう。
もう彼はいない。そういえば何をしているのだろうか。噂一つ聞かなくなった。


「酔うには早ぇよぃ」
「そんなに強くないから」


追い詰めたのだろうかと思っただけだ。
妄信的に彼を信じてしまったから、彼はそんな思いに負けたのか。
何も怖いものがなかったのは信じる対象がいたからだ。
あたしが、駄目にしたようなものね。


「いいか悪いか、決めろよぃ」
「…」
「そんな、思わせぶりな態度は、止めろぃ」


似合いもしねぇとマルコは続け、度数の強い酒を煽った。それを奪い も煽る。
同じ銘柄の酒が好きだとか、似たような眼差しをするだとか。
そんなもの全て忘れてしまえばいいのだ。思い出さなければいいのだ。
思い出なんて、記憶なんてなくなってしまえばいいのに。


「戦えやしないわ、もう」
「…」
「どうしてあんたは、あたしを誘うの」
「そりゃあ―――――」


離し難いからだと言えば が少しだけ笑った。
過去から逃げ出した彼女の思い出に踏み込みたくはなかったが止むを得ず、
全部忘れてこちらへ来いと願えばじっと見つめられるものだから言葉は続かず、
お前はそんなものに引き摺られどこに行くんだと呟く。
どこにも行けないから辛いのよと答えた は又酒を煽った。
足元が僅かに揺れる。


「もう飲むんじゃねぇよぃ、
「あんたが飲ませてるんでしょう」
「飲まれるくらいなら飲むんじゃねぇよぃ」
「だって、どうしたらいい!?」


これまで願っていたのは忘却だ。
全て忘れる事を望み、それが適わないと知った。
誰といても、何をしていても忘れる事は出来ない。
新鮮な食材を集めるのも彼が喜んだからだ、食事にうるさい男だったから。
こんな生き方が嫌になる。


顔を隠し吐き捨てれば、だったら失くせ、マルコの声が響いた。
忘れられないんなら失くしちまえ。そんなもの、お前にゃ必要ねぇよぃ。
お前に必要なものは俺が。俺が全部やる。だから、全部失くしちまえ。
マルコの声を聞きながら、何て傲慢な男だと思い、
そうしてこんなに喋る男だったかしらと思った は、
それでも指一つ触れないマルコを見つめ、こういう時は抱き締めてよと呟く。
数秒間を置いたマルコは不機嫌そうな顔をしたまま を抱き締めた。


「…酒臭い」
「そりゃ、お前だろうよぃ」
「嘘。マルコだって酒臭いわよ」
「…」
「あんた意外と、傲慢なのね」
「海賊ってのは大概が傲慢だろうよぃ」
「それによく喋るわ」
「…何が言いてぇんだよぃ、お前は」


顔を覗き込もうとするマルコから離れないように腕に力を込めた。
胸に顔を埋め涙を飲み込む。
察したらしいマルコは抱き締められるままに黙った。


「悲しいわけじゃないから」
「あぁ」
「だからもう少しだけ、待って」
「好きにしろぃ」


ここまで踏み込んでしまえば後戻りは出来ない。互いにそう思っている。
二人の姿が見えない事になんて、とっくに皆気づいているだろうし、
このまま見す見す を逃しました、なんてどの面を下げて言えるというのか。
過去に雁字搦めにされていようが、彼女が今どんな気持ちで泣いていようが
そんなものはもう関係ない。
欲しいものは必ず手に入れる。それが海賊だろうよぃ。










・・・なんかよく分からなくなった話です。
なので後書きっぽいのも特にないという。
2010/2/3

AnneDoll/水珠