笑って、それが僕らの糧となる





その女をいつまで忘れないつもりよと口走ってしまったわけだ。
あんたはあたしを抱いたその手でどうしてあの女を捜すの。
気づかれていないとでも思っていたのだろうか。
キッドは酷く狼狽した様子でこちらを見上げる。
ベッドに座り込んだ を見上げる。
どれだけ身を交わそうが結局心なんて見えやしないのだ。
あんなに重く深いものに手は届かない。
だからこの男は引き摺り、そうしてこちらはとんだピエロに成り下がる。


「…何言ってやがんだお前」
「だから、いつまで引き摺るつもりなのよ」
「意味が全然分かんねぇよ」


そうして寝返りを打ち、こちらに背を向ける。そうやって逃げる。
こちらを傷つけまいと、自身を傷つけまいと。
ふざけるなと平手に一つでもお見舞いしてやりたいが、
知っていて飛び込んだ自分にも非はあると知っていた。
弱った彼の心の隙間に入り込んだのは自らの意思でだ。
だからキッドばかりを一概に責める事は出来ない。
どちらに転んでも素直で正直なこの男は、今この場所、
情事後のベッドの上なんて場面でも仕切りに現状を受け入れようともがいている。
死んだ女を忘れ、 を愛そうともがいている。知っている。
彼の心の、そんな葛藤はとっくに知っている。
嘘吐きだと責める事は出来ない。


「シャワー、浴びてくる」
「…おう」
「あんた、来ないの」


こちらから喧嘩を吹っかけておいて来ないのもないが、
力なく腕を上げたキッドは動かなかった。
それはまあ、そうだと納得だけはした。














シャワーを終え髪を乾かしていればノックを忘れたキラーが
何の気なしにドアを開けるもので、
何故こちらではなくキラーの方がうろたえるのだろうと思っていた。
別に素っ裸なわけでもない。ドライヤーを止める。


「…すまない」
「別にいいけど、こういうの多いわよね」
「そういう言い方をするなよ」
「…ごめん、今ちょっと」


気が立ってて。
ブラシを見つめ呟く。
鏡越しに見えるキラーから漂う哀れみに似た気配は
いつになったらなくなるのだろう。
そりゃあ確かにあたしは新参者だし、あんた達の過去なんて知らないけど。
だけど、そりゃあちょっとあんまりなんじゃないの。


「あたしは代わりになんてなれないわよ」
「…」
「あたしはあたしよ。ねえ、そうでしょう!?」


ブラシが鏡にあたり、盛大な音と共に泣き崩れても
明日には全てが何事もなかったかのように再生されている。
割れた鏡も元に戻り、割れた心も傷ばかりが治った様子で生活を営むのだ。
こちらがどれだけ荒んでも、もがいても結局全てはキッドの心一つで決まる。


「…
「言わないで。もう、何も言わないで」


割れた衝撃で突き刺さった欠片を伝い、細く血が流れ落ちている。
キラーは怪我の心配をしているのだろう。目に見える傷の心配を。
そんなものの治し方は知っているのだ。


「お前が取り乱してどうするんだ」
「…」
「最初から知ってたお前が取り乱したら、
もう何も、どうする事も出来ないだろ」


だから落ち着いて傷の手当をするんだと告げるキラーは酷く優しいのだろう。
希望的観測も告げず、現状ばかりを的確に見抜く。
だからキッドとキラーは共にいるのだ。
バスタオルで涙を拭い振り返る。
刺さった破片を勢いよく引き抜けば、
裂傷特有の火傷に似た痛みが襲い顔をしかめた。


「お前、ここの鏡が何枚目か知ってるのか?」
「…もう覚えてないけど」
「キッドが替えてるんだぞ」
「えっ!?」
「又かよ、とか言いながら一人でやってるんだ」


そんな姿、想像もつかない、むしろ見たいと思えば、
俺達の身にもなってくれと言われ笑った。
そう。最初から分かっていた事だ。
誰かを忘れていない事もキッドが優しい男だという事も。
だったらもう、信じる以外に術はないではないか。
シャワーを浴びてくると告げてから随分な時間が経過するが、
恐らくキッドは未だベッドの中で目を開けている。
先ほどの衝撃音を耳にし、心ばかりを逸らせながら動けずにいるはずだ。


「場所が場所だからな、怪我の程度は小さいが血は出るぞ」
「気にしないから大丈夫」
「お前じゃない、キッドに言ってるんだ」
「キッド?」


視線を上げれば誰かがどたばたと逃げて行った。
一瞬だけ呆気に取られ、自嘲気味に笑う。
笑っているはずなのに涙が零れた。












癒し系はやはりキッドとキラーの双璧と知りました。
お前達のおかげで私は死ぬほど救われているよ・・・。
正直、キラーを出すまで、これどうするんだ(書いてるけど)
と思ってたんですけど、そこは流石のキラーマジック。
ドフラミンゴとは違う意味で、ちょい役マスターです。
2010/2/18

D.C./水珠