過去は僕を忘れた





冷え込む明け方に不思議と目が覚める。
余り惰眠を貪る方ではない為、睡眠時間自体が少なくはあるが、
ここ最近は特に眠りが浅いのだ。
傍らに眠るは寝息をたてており、
一度だけ視線を送りベッド脇に置いてあった葉巻に手を伸ばした。
目は覚めるが頭はすぐに醒めない。
じんわりと覚醒していく間の不快感を少しでも和らげたく、
何か特別な事でもしてみようかと思ったが、柄にもないと思いやめた。
寝苦しかったのか、背の半分がむき出しになったをもう一度見つめる。
白い背に薄っすらと赤い線が一本、横断するように走っており、
昨日の事を思い出した。


ある程度名の売れたクロコダイルの命を狙う輩は相当数おり、
そのほとんどが大した腕でもない為、大体が適当にあしらって終わる。
邪魔なゴミ共が山ほどいやがると呟きながらだ。
そんな事を続けていれば、クロコダイル本人が手を下す回数も減り、
何となくが相手をするようになった。
昨日もそうだ。
適当にあしらって来いと告げたクロコダイルは
何の面白みもない光景を見守るに徹す。はずだった。


俺の事を忘れたのか
輩がそう叫び、の動きが止まる。
とんだギークスが始まったと思った。
輩との力量は均等、どちらが勝ってもおかしくない。
それでも輩はに攻撃をせず、
彼女の攻撃を避けながら何度となく問いかける。
お前をずっと捜してたんだ、どうしちまったんだよ
本当に俺の事を、俺達の事を忘れちまったのか。
困惑したが視線を寄越す。
クロコダイルがゆっくりと一歩を踏み出す。
あの背の傷は、巻き込まれた際に出来たものだ。









命を狙い接近したものの、敵う事が出来なかっただけだ。
どうやら仲間の一人を殺してしまったらしいが、
一々そんな奴らの顔は覚えちゃいないわけで、皆目見当がつかなかった。
軽くあしらえば女の身体がこちらの想像以上の勢いで吹っ飛び、
様子を伺えども微動だにしない。
たまたま、たまたまだ。
気を失った女を拾い、持ち帰った。それがだった。


一週間ほど意識を失った状態の彼女は、記憶を失くしていた。
古いモーテルで目覚めたはベッドの上から動く事無く、
クロコダイルの帰りを待っていたらしい。
皮肉なものだと思いながら、お前の名はだと告げ、一つだけ嘘を吐いた。
あの田舎町では収穫祭が開催されており、
獣の鳴き声や花火の音が騒々しかった記憶がある。
クロコダイルと叫び、命を狙ってきた女と同じだとは思えないほど、
寂しげな頼りない眼差しでこちらを見上げる
心を動かされたのかといえば分からない。
珍しく興味を抱いてしまったのか。
他人に興味を抱く事なんて数えるほどしかないのにだ。


お前は俺と一緒にいた。
仲間だとか、恋人だとか。
そういった言い方は一切せずに、現状だけを告げた。
後は勝手に想像するなり、勘違いするなりで解決してくれればいい。
そうしては勘違いをし、クロコダイルの側にいる選択肢を選んだ。
彼女が気づくまで真実を告げるつもりはなかったが、どうやらそれも勘違いだったようだ。
あの男を殺した時点で、自身の過ちに気づいてしまった。
一人で生きている分には背負う事もない重みを自ら背負ってしまうとは。


「…どうしたの」
「寝てろ」


ふと声をかけられ動揺する。隠した。
何れは真実に気づくだろうか。
そうすれば彼女はどうするだろうか。
そんな時、自分自身はどうするだろう。
お前を愛していたと告げる事は出来るだろうか。
いや、そんな。そんな茶番は望まないか。
それでも、は愛されていたと思うだろうか。











久々のクロコダイル。
切なクロコダイル。
2010/3/2

D.C./水珠