何も始まらない世界で





突然だ。
何の脈絡もなく、背後から抱きすくめられ息の根が止まるかと思った。
気配を消したまま近づくなと言えども、
まったくこちらの言う事は聞かないのだし、
まぁ、危害を加えて来ないだけマシだと思う事にした。


「……レイリー」
「何だ、。少し見ない内に随分痩せたんじゃないか?」
「気のせいじゃない、それ」
「お前は相変わらず、心が痩せてる」


頬に軽く口づけながら耳そばでささやく。
まったく、居心地は悪くないが逸る心を抑えるのが面倒だ。
フラフラと浮草宜しい生活をしているレイリーは余り顔を見せない。
一度立ち寄れば短くて数日、長くて一月は滞在するが、
気持ちはその程度で収まらないのだ。


「相変わらずね。障るわよ」
「まったくだ。労ってくれ」
「お断りよ」


そんな。そんな役。


「お前の傍が一番落ち着くんだぜ、俺は」
「嘘吐きね」
「どうして嘘だって分かる?」
「……」


随分、年をとったこの男に敵う手段は今のところ、ない。
全てにおいて上手、心一つ動かす事の出来ない有り様だ。
その余裕を僅かでもいい、奪ってやりたいと願えども、
何だかんだと奪われるのは結局の所の方で、
最初は唇、次に身体。いつの間にか心まで奪われていた。


「……ずるいわ」
「そりゃあ、年の功だ」
「だから」


ずるいって言ってるのよ。
諦めたように、背後のレイリーにもたれかかった。











初レイリー。
いや、たまには新しい事をしたくて…。
短いのは掴めていないからです。
只、性質の悪い男には違いない。
2010/3/6

なれ吠ゆるか/水珠