無知





一人で生きている事実に異論はなかった。
恐らく、今まで誰かと暮らした事がないからだと分かっていた。
一人を延々続けていれば慣れが生じる。
状態に不満を抱く事もなくなり、それが当たり前だと感じるのだ。
それが寂しいことなのかと聞かれれば明白な答は出せないが、
不満はないと答える事は出来る。


「…どうした」
「別にどうもしてないけど」
「どうだかな」


何かがあった時にしか顔を見せやしねぇとぼやいたスモーカーは
チェーンロックを外しドアを開けた。
外の闇に反し、刺すように明るい室内に眩暈を覚える。
幾度かこの部屋を訪れたが、寸分違わずまるで生活観のない箱だと思えた。
激務らしいこの男も余り自宅へは戻っていないのだろう。
終の棲家を作る事が出来ない人種だ。


白い壁とステンレスの家具に飾られた貧相な室内を見渡し、
変わりがないと安堵した。
しかし、海軍の制服を脱いだこの男はまるで普通の男のようで、
街中で遭遇しても気づかないだろう。
後は寝るだけといった出で立ちの
(Tシャツに紺のスウェットだなんて様だ)
スモーカーはテーブルに散乱ている書類を片付けている。


「別に気、とか使わなくていいんですけど」
「気ぃなんざ使っちゃいねェよ。機密情報だ」
「ええー見せてよ」
「馬鹿言うな」


は海賊を狩っている。
怨恨があるわけでもなし、単に生活の為に狩っている。
そんな生活をしていれば海軍とも馴染みになるわけで、
このスモーカーとの出会いもそんな中、派生した。


高額の賞金がかかっている海賊を追いつめ、
最終局面を向かえた瞬間、横槍が入った。
邪魔をするなとが叫べば、
人の領域に首を突っ込むんじゃあねェと返され、思わず振り返る。
そこにいたのがスモーカーだった。
故に、第一印象は最悪。
他の大佐達は海軍に入れと頻繁に誘って来たが、
スモーカーはそのような誘いを一切口にせず、
只、こちらの邪魔ばかりをしてきた。


「で、何だ」
「好きな人が出来たの」
「…」
「何よその、興味なさそうな顔」
「興味は、ねェな」


確かに。


「嘘よ嘘。そんな話じゃないし、好きな人なんて出来やしないわ」


こんな生活じゃあと続け、二日ほど前の事を思い出した。
そう。二日前だ。
街中でスモーカーを目撃していた。
制服を着ていた為、恐らく職務中だったのだろう。
すれ違ったが、彼はこちらに気づかなかった。たったそれだけの話だ。
そうして、たったそれだけの事なのに何もかも全てが嫌になってしまった。
生きていく事さえ全てが億劫になってしまった。


やる気も起きず、それなのに厄介事は襲ってくるわけで、
海賊の方からを見つけ襲いかかって来た。
商売敵なのだ。だから相手を責めはしない。


戦い方を覚え、それから同じ事を繰り返して来たが、
命をかけている分、諦めたり疲れたり、といったマイナス要因は覚えなかった。
死にたいと思った事はなかったが、生きたいと思った事もない。
命を弄んでいても実感がなかったから。


「お前、本当に何もなさそうだな」
「だから、言ったでしょう。何もないって」
「おいおい、俺はようやく休みなんだぜ」
「別にする事なんてないでしょう?」
「馬鹿言え、多忙なんだぜ」


身体の関係はまだ、ない。
こんな時間帯、同じ部屋にいてもだ。
このままきっと今日は泊まる。これまでも幾度か繰り返している。
どうして仲良くしてくれるのと、まるで子供のような事を口にしてしまった。
目を見開いたスモーカーの表情が忘れられない。
その後のはにかんだ様な笑顔。
続けて、お前は本当に馬鹿だぜ。そう呟いた。


「そうだな、。どうせお前、明日は暇なんだろ」
「暇、って…や、あたしフリーランスだからね?」
「メシでも喰いに行くか」


どうせロクなもん喰っちゃいねェんだろ。
そう言い笑う。
食事に対する興味はほぼなく、体力を落とさない為に摂取をしてはいるが、
ロクなものを食べていないんじゃないかと聞かれれば、
確かにその通りだと思う。


「だから、脳に栄養が回らねェんだ」
「馬鹿って言ってるの…?」
「詰まらねェ事を考えちまうのも、そのせいなんだよ」
「…」


大きな掌が頭を撫で、葉巻の香りが漂った。
まるで子供をあやしているようだと思った。


この部屋の中で、スモーカーとはまだ男と女になれていない。
他人と接する機会が余りにも希薄だったは、
既に子供ではないが女にもなれず、だからスモーカーも欲を出さず関係を保てた。
ずるいのかも知れないという思いには気づかない振りをして。


お前はベッドで眠れというスモーカーの胸中には未だ気づかず、
ソファーに寝転がったまま明かりを消した室内を見渡す。
すぐに寝息をたてるに視線も向けず、
この無知により引き起こされた泥濘に身を委ねた。











オフのスモーカーとか超見たいんですけど…!
しかし、ラフな格好が結構似合わないという事実…
想像力をフルに生かせよと思いました(自分に対する戒め)
2010/3/10

なれ吠ゆるか/水珠