眠れる幸福





嫌な天気が続いていると呟いたばかりのスモーカーは、
どんよりと厚い雲で覆われた空を見つめた。
どうにも雨季の長いこの国は肌に合わない。
三ヶ月間という中途半端な出張も、もうじき終わりを迎える。
少しだけ政情の不安定なこの国は様々な危機に脅かされており、
性質の悪い海賊達が悪事を働こうと蠢いていた。
それを一掃するのが今回の仕事であり、
わざわざ見知らぬ国へ足を運んだスモーカーは
延長されては敵わないと迅速に動いたわけだ。
相変わらず政情は不安なまでも、海賊達は一網打尽に出来た。
そういえば初めて足を踏み入れた時もこんな天候だと思っていた。


出張が終われば一週間の休暇が待っている。
休みの有意義な過ごし方を知らない。
は何をしているのだろうか。
出張の二日前に大喧嘩を繰り広げたが、まだ関係は続いているのだろうか。
等とまるで人事のように考えてしまった。


喧嘩の理由は何だったか。
覚えていないのだから、大した理由ではなかったのだ。
少なくともスモーカーにとっては取るに足らない理由だったに違いない。
それにしたって強情な彼女は連絡一つ寄越さないし、
そういえばスモーカーからも連絡一つ寄越していないのだから、
これは終焉を迎えていてもおかしくない展開だ。
今更連絡をしようとも思えず(だって、何をどう言えばいい?)
家に戻るのが少しだけ億劫になった。


ドアを開け、彼女の荷物が根こそぎ消えている空間を目の当たりにする。
疲れた身体に追い討ちをかけるような展開を予想する。最悪だ。
最後には何と言ったか。
必死に記憶を掘り返し、思い出そうともがく。
どうして、そんなに勝手な事が言えるの。
確か、彼女はそんな事を叫んでいたように思える。
では、何故はそんな言葉を発したのか。
サイン待ちの書類を前に考える。
が連絡一つ寄越さなかった理由だ。


「あぁ…」


確か。一人呟き、思わず笑った。余りに下らな過ぎて笑った。









カレンダーに×を付け始め、もうじき三ヶ月が経過する。
その事実に一つも笑えないと呟いたは、
今日もスモーカーのいない部屋で目覚めた。
あの男から連絡を寄越す確立は酷く低いと知っていたが、
ここまでものの見事に連絡がないとなれば心穏やかではいられない。
既に終わっていたらどうしようと思い、
泣きたくもなるが顔も見ずに終わりを告げられれば、
それこそここ暫くは立ち直れないだろう。だからまだ、ここにいる。


今日も×をつけなければならないのかとカレンダーに視線を向ければ、
×よりも先に○がついており、彼の誕生日が来てしまったと溜息を吐いた。
こんな状態で祝うも何もない。
こうも時間が経過してしまえば、どんな顔をして会えばいいのかも分からないし、
だからといって逃げ出せば、それこそ二度と顔を合わせる事が出来ないような気もする。
スモーカーが戻って来る日は刻一刻と迫っているというのに、
問題は何一つ解決していないのだ。


眠る前に思い出すのは、彼の顔。困ったようなスモーカーの顔だ。
喧嘩の理由はこの誕生日が発端だった。
どうして一緒に過ごせないの。
詰まらない事を口にしてしまった。
仕事を優先する男が好きな癖にだ。
の言葉を聞いたスモーカーは微かに笑い、
仕方がねェだろうと答えた。だったらお前が来るか。そうとも言った。
仕事があるから行けないって分かってるでしょう。
がそう返せば、それもそうだと納得するものだから、
何故だろう。腹が立ったのだ。


そのまま背を向け眠り(一つのベッドで、だ)
言葉を交わす事無く出発の日を迎える。
行って来ると告げたスモーカーに何も言わなかった、
あの無駄な意地を張った自分をぶん殴りに行きたい。


テーブルの上に置きっ放しになったプレゼントを見つめたまま、
過ぎ行く時間に身を委ねれば、いつしか眠りに落ちたらしい。
スプリングの沈む感触で眠りから引き戻されれば、
懐かしい葉巻の香りが身を包み、そのまま又、目を閉じた。











スモーカー誕生日おめでとう夢。
何歳になったのかが非常に気になる所ですが、
まあ、何はともあれおめでとう!
プレゼントの中身は腕時計的な。

2010/3/14

なれ吠ゆるか/水珠