よりも速く





もう信じられない、顔も見たくない。最悪、最低。
あんたなんか死ねばいい。


他にも何事か叫んでいたが、どれもこれも悪口の類だ。
聞くに堪えがたい言葉ばかりをは叫び、大きな音を立てドアを閉めた。
船が壊れるんじゃないかと思った。
つい先刻まではベッドの中で惰眠を貪っていたというのにだ。
それなのに何故こんな事になってしまったのか。
の爪により引っかき傷を負ったキッドは、ベッド上で胡坐をかきうな垂れる。
目の下辺りがヒリヒリと傷むわけだ。


「…おい、キッド」
「何も言うな」
「俺だって口を挟みたくはないが、今しがたが出て行ったぞ」
「…お前達の所に行ったんじゃねェのか」
「大泣きで来たんだが、出て行った」
「マジかよ…」


ネジが緩んでいるぞと呟きながらキラーはドアのヒンジ部分を見ている。
どれだけの力でドアを閉めやがったのかと呆れ、
あんな状態でどこに行ったんだと溜息を吐き出す。


「…まだ捨ててなかったのか、それ」
「言うんじゃねェよ」
「そりゃあ、あいつも怒るわけだな」
「…」


今、キッドの目前には非常によくないものがある。
キッドとにとってよくないものだ。
平たく言えば昔の女からもらったモノを後生大事に取っておいてしまったのだ。
しかも、発覚はこれが初めてではない。
これまでにも何度か発覚しており、その都度キッドは
分かった、捨てる、なんて言いながらこの有様だ。
そりゃあ、も怒るぜ。


「猫にでも引っ掻かれたみたいだな」
「似たようなモンだろ」
「そうか?猫は居つかないぞ」
「…」


こんな感じでずっと一緒にいると思っていた自分が馬鹿馬鹿しく思える。
何の根拠もなくそう思っていたのだ。
思い出を捨てる事が出来ないのはこちらだというのに。
まだ気持ちが残っているわけでもない癖にだ。
思い出を捨てる事が出来ないという悪癖は知っていた。
そうして、仮にそれがだった場合、
自分が決して許せないだろうと、それも知っていた。


「おい、キッド」
「…何だよ」
「どうするんだ、これ」
「捨てといてくれ。もう、要らねェ」
「分かった」


船を飛び出したがどこへ向かったのかは分からない。
キッドの言葉が背を押したわけでもない(と思いたい)
ベッドでまどろんでいた最中、突然起き上がった
鬼の形相でキッドの腹の上に跨り、そうかと思えば大粒の涙を零し始めた。
突然何事かと驚いたキッドは、そういえば捨てると言っていた
(むしろ捨てた、とさえ言っていたかも知れない)例のアレを思い出し焦った。
そうして、その焦りが顔に出ていたのだろう。


いや、そうじゃねェよ、そんなんじゃねェ。馬鹿かお前。
浮気とか、そんなんじゃねェだろうが。
確かに捨ててねェ俺に非はあるが、お前も少しは落ち着け。


知らない、知らない。何も聞こえない。馬鹿、キッドの馬鹿。
何よそれ、どうしてそんな嘘吐くの。


まあ、言い訳の出来ない状況ではあった。
船を降り、辺りを一望し何となくの行きそうな場所を考える。
何故だか不思議と、見つける事が出来ないという不安はなく、
の機嫌を治す方法ばかりを考えていた。











頻繁に行われる痴話喧嘩キッドです。
キラー大迷惑というサブタイトルが妥当か。
何故だかキッドはこういうイメージで・・・
各方面に申し訳ない。

2010/3/17

なれ吠ゆるか/水珠