愛という名の仮面をつけて





泣き崩れたの姿を今も覚えている。
辺りは静寂に包まれ、誰一人声をかける事は出来ず、
無論マルコもその中の一人になっていた。
認識していた彼女の強さが目前で砕かれている、そう思い、
耐え切れないとも感じたが防ぐ術は持たなかった。


だから、その時に何となくではあるが心に決めた。
自分はこれから先、何があってもこの位置でを見つめていよう。
この位置からは決して動く事無く、只彼女の背を見つめていよう。
その行為がどんな思いを抱かせるかを知りながら、
それでもの悲鳴にも似た嗚咽を耳にしていれば容易く耐えられると思った。


当然の様に月日は流れ、一時の劇的な感情は穏やかに色褪せる。
暫くの間は食事を取る事さえ満足に出来なかったも、
又普段通りの生活に飲み込まれている。
錯乱した姿を見せてしまった手前、酷くい辛そうにしてはいたものの、
そんなの心の内を皆、知っているもので、気にするなと慰めあった。


気高い彼女の面影はすぐに戻り、認識していた強さも姿を取り戻す。
サッチの元で彼を支えていたは、すっかり消えてしまったが、
その代わりに彼女が四番隊の隊長の座を受け継いだ。
ある程度の覚悟があってからの行動だと皆、感じた。


「…お前の宴だぜ」
「マルコ」
「主役が消えちゃ、話にならねェよぃ」


宴の理由は何でもいい。
只、が四番隊の隊長になったから、
という名目で皆、騒ぎたいだけなのだろう。
近隣の島に船を寄せ、盛大な宴が開かれ既に三時間が経過する。
島から船にかけ、泥酔した仲間達が転がっていた。


その中を抜け、マルコは甲板へ向かった。
の姿が見えないからだ。
そうして、やはり彼女は甲板におり、
少しだけ心が揺らいだ。酒の仕業だろう。


「どうにも駄目ね。酒が弱くなってるわ」
「情けねェ事、言うんじゃねェよぃ」
「あんただってそうなんじゃないの?昔ほど飲まなくなったじゃない」
「昔の事なんざ、覚えちゃいねェよぃ」


と話をしていれば、かなりの確立で爆弾にぶち当たる。
サッチを挟んでの思い出が多すぎるからだ。
とサッチとマルコ。
この三人での思い出が余りにも多すぎる。


「…親父は多分、反対だったのよ。あたしが隊長になるのは」
「…」
「暫く休めって言われたわ」


一際強い風が吹き、の髪が靡いた。
冷えた横顔が見え、視線の先を見つめる。
深い闇、そうして海。
その上には満天の星空。見慣れた光景だ。


「お前が親父の言う事を聞かねェのは、今に始まった事じゃねェ」
「そうね」
「そもそもお前は、誰の言う事も聞きやしなかったじゃねェかよぃ」


サッチ以外の言う事は。
続ける事は出来ずとも、そう胸の中で呟く。
自分が愛した男の言う事は聞くのだろうか、なんて野暮な事を考えた。
ならば、自分を愛した男の言う事は聞くのか。
まあ、そんな事を聞けるわけもない。


「ねぇ、マルコ」
「何だよぃ」
「あたしとサッチって、何もなかったのよ」
「…何?」
「あたしの気持ちにサッチは応えられなかったの。
要は、振られたって事なんだけど、
だけどあたしは受け入れ切れなくて、ずっと彼について回ってた。
他の女に取られないように、彼がもっとあたしの事を見てくれてたら
好きになってくれるかも知れないとか、まあ、そんな、馬鹿みたいな事だけど。
女として見る事が出来ないって言われたわ。ごめんって。そして謝って」


いつだって謝って。
初めて知る事実に言葉を失っていれば、
が俯き、甲板に涙の痕が刻まれた。
そうして何故知らなかったのか、
気づく事が出来なかったのかと思い、繋げる言葉を探した。
見つからない。


「馬鹿ね、あたし。それなのに未練がましく、まだこんな事してる」


こんなを馬鹿な女だと思い、それでも愛しいと感じてしまうのだ。
だったら俺も相当な馬鹿だろうな、そう思い、やはり言葉にはしない。
あの時、覚悟を決めた距離で見つめていようと誓ったが、それも意味を成さないようだ。
だからといって、余りにも虚しい秘密を吐露する彼女を前に、
流石に手を出すことも出来ず、三人で過ごした思い出ばかりを思い出していた。











久々の更新がこれってどうなの。
というか、これは悲恋なのか何なのか。
何だか登場人物全員が悲恋した感。
申し訳が立たない。

2010/3/24

なれ吠ゆるか/水珠