ベッドに横たわったまま昨晩、床に脱ぎ捨てられたシャツに手を伸ばした。
室内が赤く染まっている所を見れば、日が暮れる時間なのだろう。
鐘の音が鳴り響くこの小さな町では時の流れさえも狂うらしい。
伸ばしたついでに身体ごとベッドからずり落ちそうになれば、
無言のままベンが腕を掴んだ。
こういう所だ。
ベンのこういった所が死ぬほど好きで、それなのに堪らなく辛い。
現状を理解しているはずのこの男が何を考えているのかが分からない。
「どうして、まだこの部屋にいるのよ」
「追い出したいのか」
「…そんなんじゃ、ないけど」
早くこの部屋のドアを開け、こちらに背を向けたまま出て行けばいい。
一度も振り返る事無く。
陽が落ちるまでは絶え間なく鳴り響く鐘の音と共にだ。
ベンと一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、きっと心が満たされたのだ。
満たされてしまった。身の程を知らずに。
この男は暇潰しの為にこちらへ足を運んでいるに過ぎない。
特に口数の多くないベンと過ごす時間帯に、
満足する理由に気づかない振りをしている。
一緒に只、いたいだけだという余りにシンプルな心を隠している。
少なくともベンにだけは知られたくないと思うからだ。
「…聞いたぜ」
「何を」
「お前の、身請けだ」
「…なに?」
思わず笑ってしまった。この男の残酷さにだ。
「気にするなよ、。隠し事一つねぇさ」
「…何なの、あんた達。何なのよ」
「只の海賊さ。知ってるだろう」
シャツを羽織りかけたが振り返る。
片足を曲げたまま姿勢を崩さないベンは意識せず、床に灰を落とす。
視線は窓の向こう、赤く染まったレンガ屋根を見つめている。
そうだ。この男はこの部屋にいても、
一度としてこちらを見なかったではないか。
きっと、心の奥では。
眼ばかりがこちらを見ても同じだ。
それなのに、何故奪われた。
山ほど交わした唾液にしても、体液にしても、
全て飲み下し、きっと失われてしまったはずだ。
いつまでも残るようなものでないから。
言葉を失ったまま意識せずベンに向け腕を伸ばした。
視線ばかりをくれ、彼は動く事無く、指先を受け入れる。
気づけば涙が零れていたが、泣き言一つ口に出せず、
昨晩得た水分を無闇に垂れ流す。
この男の口から、愛しているという言葉を頂きたかっただけだ。
嘘でも構わない、只、一言。
そうすれば救われる、ような気がしている。いた。
耐え切れなくなり、そのままベンに抱きつく。
彼はやはり動かず、フィルターまで燃え尽きたタバコを床に落とした。
いつだって、こうしてベンに縋り、
手に入らないものを掴もうともがいていた。
涙の深さばかり増しながら。
「…!」
タバコを捨てたベンの腕が優しく髪を撫で、
そう強くない力で抱き締められる。
初めての事に思わず顔を上げれば、
やはり視線はこちらに向いていなかったが、もうそれだけで構わない。
「…いつなの」
「三日後の夕刻」
「シャンクスが迎えに来るのね」
「あぁ」
「分かったわ」
だからもう、早くこの部屋から出て行って。出て行ってよベン。
悪い虫がつかないようにと見張りにつけられたベンと
こういう関係になった事実を恐らくシャンクスは知っている。
知っていて尚、身請けするあの男の心中は分からず、
未来が見えているにも関わらず、手を付けたベンの気持ちも分からない。
只、人を愛するという、それだけの事が出来ない男達に弄ばれながら、
自身のちっぽけな価値観を奪われ、まだ予想の段階だが何一つ残るものはない。
涙で潤んだ視界の中でベンがドアを開けた。
次にこのドアが開く時、を迎えるのはあの赤髪の男だ。
予想通り振り返らずドアを閉めたベンの背を見つめながら、
つい先刻の肌を思い出していた。
補足としては、
主人公→ベン→(超えられない仲間という絆)シャンクス→主人公
という関係です。何?ベンとシャンクス、シェア、みたいな。
主人公を。
…最っ低!(主に私が)
2010/3/31
なれ吠ゆるか/水珠 |