右手首から先の欲望





港町につく度に女を買う。
まあ、性的欲求が蓄積された結果の行為ではあるが、
どうやら随分年を取ってしまったらしい。
そんなつもりはないというのに。
欲求不満の状態を感じる事もそうなくなり、
いざ女の裸が目の前にあれば恐らく手は伸ばすが、
わざわざ足を運ぶ事でもないかと思い始めてしまった。


若い奴等がここぞとばかりに船を飛び出す様を眺めながら、
元気だねぇと笑えば、寄る年波をリアルに感じる事が出来るわけで、
当初はこんな事でいいのかと考えもしたが、
何となくこれでいいのだと、妙な納得をしてしまう。
露出の多い格好で男を淫らに誘う女達は嫌いではないが、
わざわざ金を出してまで抱こうとは思わなくなったのだ。
だから最近では皆が出て行った船の中、
次の航海の話を似たような奴等と繰り広げる事がお馴染みの光景になっている。
こうやって一人一人、仲間が増えていくんだよなと誰かが呟き、
違いねぇと皆で笑った。


だから、もう爛れた愛だとか恋だとか、
そんなものには飽き飽きとしているのだ。
純粋な愛になんて遭遇した事はないし、求めた例もない。
手にしてきたものは全て爛れた愛。
海賊だから、なんて言葉は言い訳にもならないだろうが、
どうにも即物的なもので、すぐに手を伸ばし捕まえてきたものだから。
正直な所、余りに空しいゲームに嫌気がさしてもいた。


「ねぇ、ねぇマルコ」
「俺ァ今、忙しいんだよぃ」
「嘘。何もしてないじゃない」
「お前の相手なんてしてる暇はねぇんだよぃ」
「どうしてよ」


仲間たちがどこへ何をしに向かっているのかを知っているは、
別に口を出す事もなく、毎度毎度マルコの元へやって来る。
確かに、付いて行けとは言えないが毎回こうして側に来られると困るわけだ。
この女は厄介なものを抱えてやがる。


「ねぇ、一緒に行こうよ」
「嫌だよぃ」
「どうしてなの?一回も、うんって言わないじゃない、マルコ」
「どうしてもこうしても、嫌だからだって言ってるだろぃ」
「どうして嫌なのよ!マルコ、あたしの事、嫌いなの?」
「何て言って欲しいんだよぃ、お前」


いいから遊びにでも出て行けと言えば、
マルコと一緒じゃないと嫌だ、だとか、
だから誘ってるんじゃない、だとかそういう事を言う。
お前と似たような年齢の奴等と一緒に遊べと言い聞かせても、
は絶対に頷かない。
俺とお前が二人で、一体何して遊ぶんだよぃ。
俺がお前の相手をしねぇのは、そうそう。
お前の事が好きじゃねぇからだよぃ。
ほら、嫌な事、言われたな。
これ以上、嫌な事を言われたくなけりゃあ、とっとと俺から離れろぃ。


「…でも、あたしはマルコの事がす」
「あぁー!よせよぃ」
「ちょっと、マルコ!」
「俺ァ忙しいんだよぃ!」


ガキの遊びにゃ付き合いきれねぇと言い捨てる。
ここ最近、何故だか
こんな感じに接近して来るもので、辟易としているのだ。
どこで覚えてきやがったのか、
それとも元からの性質なのか愛情を露骨に掲示し、
受け止めろとばかりに押し付ける。最初は何かの罠かと思った。


あたしマルコの事が好きなの。
確かあれは、何時ぞやの昼食時だったと思う。
唐突にそう言われ、一瞬呆けたが、すぐに何を企んでやがると返した。
海老の茹でたやつを喰っていたが味もしなくなっていた。
何も企んでなんかいない、あたしはマルコが好きなだけなの。
眉間に深い皺を刻みながらを見つめていれば、
越しに爆笑しているエースが見え、
あの辺りが余計な入れ知恵をしたのかとも思ったが、
どうやら違ったらしい。


「今日は諦めないから!」
「何?」
「あたし、マルコから離れないからね」
「馬鹿言うな―――――」


思わず振り返ればの顔がすぐ側にあり、ぎょっとしたのも束の間だ。
右手首に手錠がかけられていた。意味が分からねぇよぃ。


「おい」
「これでもう逃げられないでしょう?」
「何の真似だよぃ」


平然としながらも、内心は大荒れだ、なんて言えない。
海桜石の手錠なんてどこから持ってきやがった。


「マルコが思ってるほど、あたしも子供じゃないのよ?」
「…どういう意味だよぃ」
「それに、マルコ忘れてるでしょう?」
「何を」
「あたしだって、海賊なのよ?」


欲しいものはどうしたって手に入れたいの。
右手首が音をたてた。の左手首と繋がっている。


「…こんな真似して、」
「今日一日使って、手に入れてみせるから」
「…」
「覚悟しててね、マルコ」


だから、こんな所にいないでどこかよそで、
もっと遠い所で遊んでろよと思いながら、
覚悟するのは果たしてどちらなのか、そんな事を考えてしまう。
普段と違い、静まり返った船内が妙に余所余所しく二人を迎え入れるものだから、
欲望を剥き出しにしたの姿さえ霞んで見えた。











一瞬忘れていた、海桜石祭。
強引な主人公(年若い)

2010/4/8

なれ吠ゆるか/水珠