間違うことなく美しかった





あの街に降り立ったのは偶然からだった。
たまたま食料品を買い出そうと誰かが言い出し、
近辺の海域を抜け一番最初に目に入った島へ降りたとうという話が纏まり、
どういった場所なのか、前情報がない状態で島へ降りたのだ。
小さな島はそれなりに栄えており、
島民達は白ひげ海賊団の船を目にしても、どこか平然としているように見て取れた。
市場へ出向けば、野菜や果物を扱う屋台が所狭しと並んでおり、
臆しない陽気な島民達から海賊相手に商いをしていると聞かされる。
話を聞いていれば大半が海賊上がりらしく、それならばと納得したものだ。


島民達はこちらが聞いてもいないのに、
どの辺りに海軍が潜んでいるだとか、
つい先刻までどの海賊団が立ち寄っていただとか、よくある話を持ちかけては笑う。
昼間から酒を煽り商売をするような奴らだ。
年寄りの中には名の知れた人間もいた。


この島には若い奴はいないのか。
何の気なしにマルコが口を開けば、
お盛んだねえ、等と下衆な勘ぐりをするやり手婆が
この市場を抜けた場所に盛り場があると囁く。
いや、そういったつもりじゃねぇよぃ。
マルコがそう言えども聞く耳は持たないらしい。


まあ、部下たちの士気にも関わる問題だ。
一通りの話を通せば、買出しを終えた部下たちは競って盛り場へと向かった。
後姿を見送りながら、何が原因かも分からない違和感を感じるが、
やはり理由は分からず、騒々しい市場全体を見渡す。
目分量で金額を出す中年の女に、営業中だというのに喧嘩を始める初老の男達。
必死に値下げを試みるクルー。
違和感の理由は分からないまま、その日は船へ戻った。









丑三つ時にぞろぞろと戻ってくる、
部下たちの音を聞きながら緩い眠りに落ちていれば、
どいつもこいつも口を揃えて同じ事をぼやいていた。
どうやら一番人気の女がおり(まあ、どんな店にもいるだろうが)
その女の顔を見る事さえ適わなかったらしい。
その女は相手の覇気により、顔を見せるか見せないかを選ぶらしく
(こんな環境だからこその選び方ともいえるが)
自分たち程度では姿を見せる事すら適わなかった。
少しだけ興味を持つが、眠気には勝てず、そのまま眠りに落ちる。


翌日目覚めれば、悔しさを募らせた部下たちが
口を揃えて顔を見てきてくれと頼むものだから、
少々面倒だとは思いながらも盛り場へ向かってみる事にした。
昼過ぎに顔を出すような場所ではないと思いながらだ。


盛り場自体は奥まった場所にあり、石を掘った半ば洞窟のような作りだった。
受付の女に一番人気の女を出せと言えば、
酷く無表情なその女は一瞥をくれ、、と叫んだ。
。恐らくそれが一番人気の名前だ。
十秒ほど待つ。返事はない。
女がもう一度叫んだ。。やはり返事はない。


この俺でも顔を見せねぇってのかぃ。
内心そう思ったがタバコを吸い、光景を見守る。
受付の女が銃を取り出し、板張りの天井へ向け数発撃ち込んだ。
気性の荒い女だ。
銃声後、板の軋む音が響き、女の怒声と共に足音が近づいて来た。


「うるせぇんだよ!!番犬が!!」
「手前が返事一つしないからだろうが!!」
「お前の声なんて、聞こえやしねぇんだよ!!」


今にも掴みかかりそうな剣幕の女が恐らくはだ。
一目見て、そう思いはしたが幾分柄が悪すぎる。


「客だって言ってるだろうが!!」
「客なんざ取らねぇって言ってるだろうが!!」
「手前より強ぇんだよ、今度の客は!!」
「何!?」


満を持しての紹介に思わず笑う。
先ほどから覇気をひしひしと感じているのだ。
恐らく、この女から発されている。


「お前―――――」
「随分、柄の悪ぃ一番人気だな」
「白ひげの一番隊隊長の」
「お前は買えるのかよぃ」


正直な所、買うつもりはなかった。
只、どんなものかと顔を拝みたかっただけだ。
どうやら相手はこちらを知っているようで、
ちっとも覇気を弱めないまま様子を伺っている。
いや、別にどうもしねぇよぃ。


「…OK、いいわ。上がって」
「…いや」
「コイツがいいって言うの珍しいんだから、さっさと上がってくれよ」
「余計な事言うんじゃないよ」
「さっさとやっちまってくれよ!ちっとも金を稼ぎぎやしねぇんだ、そいつは!」
「うるせぇんだよ!!」


流石にここまで口の悪い女と何をする気にもなれはしない、
等と考えていれば女の腕がぬっと伸び、
小さな部屋へ引き摺り込まれた。









「…どういう趣向だよぃ」
「ねぇ、あたしを連れ出して」
「何ぃ?」
「行くトコなんてどこでもいいから、ここから連れ出して」
「…悪ぃが手一杯だよぃ」
「お願い、何だってするから」


あの口の悪さからは想像も付かないほど必死な様子ではそう言う。
マルコの耳側で囁くようにだ。
間近で見る彼女の顔は、なるほど、非常に整っており、一番人気も頷ける。
きめの細かい肌は滑らかに白く、じっとこちらを見据える眼は嘘のように黒い。
恐らく見とれていたのだ。
だから、の言葉が耳に入って来なかった。


「…なのよ、ねえ、ちょっと。聞いてるの?」
「うん?あぁ…何?」
「だから、この島はおかしいんだってば!
 あたしはたまたまここに降りただけなんだけど、変な薬を嗅がされて、
 気づけばこの売春宿に売られてたのよ。
 元々、ずっと一人でやってきてたから、
 あたしがこの島にいるなんて誰も知らないし、
 幾らあたしが強かったとしても多勢に無勢、
 あたし一人じゃここから逃げ出せない」
「…いや、なかなかの覇気じゃねぇかよぃ」
「馬鹿にしてるの?そりゃあ、そこら辺の奴らには負ける気がしないけど、
 あんたから言われたら自分が惨めになるわ」
「手前の事は知ってるみてぇだな」


だから、ずっと上の空で彼女のクルクル動く眼差しを追っていた。
一目で恋に落ちただなんて、そんな夢物語は信じていないが、
話を聞かずとも興味を持ってしまった事実だけは認める。
必死に助けを求める美しい女。嘘みたいな展開だ。


「…仕方ねぇな」
「えっ?」
「けど、何もなしに助けてやるわけにゃいかねぇな。俺も海賊だからよぃ」
「金ならないわよ。全部、あいつらに捕られてるんだから」
「お前、客を一人も取ってねぇんだろぃ」
「…そうだけど」


彼女がそう告げた瞬間だ。
後頭部を手のひらで支え、口付けた。
どうやら飴玉でも食べていたらしく、チェリーの味がした。









左頬を赤くしたマルコが見知らぬ女を連れ船に戻ったのはその直後の事で、
大勢の元・海賊を引き連れながら悠々と大空を羽ばたく彼の姿を見たクルー達は
出航の準備を大急ぎで始めた。


追っ手を撒き、辺り一面が大海原になった時でも、
依然マルコの頬は赤く、皆その理由を聞きたがったが彼は口を割らず、
ならばあの女は何なんだと聞けども、それは本人に聞けと言うだけで語らない。
各隊長達も、マルコが連れて来たんなら、
マルコが面倒を見るんじゃねぇか、等と言い、
何となくの状態ではこの船に同乗する事となった。
もうじき、半年ほどの時間が経過する。


「おい、
「ちょっと待って、すぐ行くから」


この船に乗り込むまではまるで地獄のような生活を送っていたと笑う
一番隊の隊員となり、マルコの側にいる。
見張りをする船から手を振る彼女は相変わらず美しく、
あんな拾いものなら俺もしてみてぇやと、誰かがポツリと呟いた。











ずっと書きたかった囚われ主人公マルコver。
いや、当初はもっと上品な感じでしたけど…。
後、無駄に長くてすまん。

2010/4/10

なれ吠ゆるか/水珠