冷たさが心地よくて沈んだ





何故が裏切ったのか。それだけをずっと考えていた。
裏切ったという言い方が適切なのかは分からないが、
は海軍を辞め、いまや立派な海賊となった。
賞金額も日に日に上がり、通り名さえ世に知れ渡る。
そんな彼女が悪魔の実を口にしたと聞いたのが数日前の出来事であり、
とうとうやってしまったのかという後悔が身を貫いた。


海軍時代、能力者と渡り合ってきたは基本的に、能力者を憎んでいた。
能力者の中でも特にロギア系を嫌っていた彼女は
クザンの事も毛嫌いしており、故に扱いづらくもあったが、
力ばかりは強く、悪を許さない姿勢も後押しし、
順調にキャリアを積み重ねていたように思う。
少々、世渡りの下手な彼女の事が気になり、我ながら露骨に近づいた。


最初はの仕事自体を自らの指揮下に置き、
嫌がる彼女の仕事に対する姿勢を利用した。
採用時の書類を漁り、何故ここまで危うい正義感を抱いているのか、
そんな部分にまで立ち入り、彼女の家族が能力者により殺された過去を知る。
復讐の為にこんな生き方をしているかと思えば余りに悲しく、
どうにか手を差し伸べようと思いもしたが無駄な事だとも知っていた。


「あんた、あたしを捕まえにきたの」
「…いいや」
「残念ね、クザン。あんたじゃあたしを捕まえる事は出来ないわ」
「何があったんだ、あんたに」
「あんたが隠してきた真実に気づいただけよ」
「そんなに、汚れて」


の家族におきた事件が気にかかり、古い事件を調べてしまったからだ。
だから知らなくてもいい事実を知ってしまった。
遺体の状況、一家の事情。
どうしてがこの海軍に入っているのか。
知らないのはばかりだという事実。
この組織内ではよくある事だとはいえ、哀れみだろうか。
そんな感情がクザンを責める。
能力者に対するの憎しみと、どうしても敵わない部分に苦しむ彼女の姿。
所属が変われば、対する海賊達も強さを増す。
は頻繁に怪我を負うようになった。


「よく言うわね、汚れてるのはそっちでしょう」
「組織がどうであれ、個人は汚れないね」
「嘯いて…!!」


病室でぼんやりと外を見つめていたの眼差しだ。
悲しそうな、細い肩。
中に入る事さえ躊躇したクザンは、
持ち合わせた花束を看護師に渡し、その場を去った。


「あんたが悪魔の実を食べたって聞いてね」
「何?軽蔑でもしたの」
「いや」
「だから、あんたはあたしを捕まえる事が出来ないのよ。
もう二度と、あんたはあたしにだけは勝てない」


何もかも全てを凍てつかせるような眼差しだと思った。
絶対零度の息吹が足元から何もかもを凍らせる。
そう、何もかもを凍らせる。


「俺を殺して、あんたはこれからどうするの」
「あんたじゃない」
「あぁ」
「だから、もうあたしを追わないで」


だったらもう、いっその事、俺を殺して終わりにしなよと笑えば、
は悲しそうに笑んだまま背を向ける。
そういう所がよくない所だと手を伸ばそうとしても壊死した指先は感覚さえ忘れる。
の報復がこれだ。


もうクザンには止める事が出来ない様、
同じロギア系で、尚且つ氷に勝る能力を選んだ。
彼女の力は相当に強大なもので、
これから先、世界政府自体を脅かす事になるだろう。
そうなればもう手の届かない領域に達する。
絶対零度の眼差しを忘れる事が出来ないまま、
熱振動を捨てた彼女の心を思えば、正義なんて言葉が酷く希薄に感じた。











エースの仇。
ネタバレの為反転↓
何だよ、炎よりマグマが強いって設定…
という話です。

2010/4/17

なれ吠ゆるか/水珠