殺戮の舞台で刹那を語れ





この部屋を出て行く彼女の背を見るのも今日が最後になるだろう。
何となくそう思う。
性の高揚を覚え、猿のように精を吐き出す日々は終焉を迎えるわけだ。
それにしても随分な時間をそんな遊戯に費やした。
恐らく の体内にはローの残りカスが
腐るほど詰め込まれているし、それらは総じて腐り行く。
二人きりで戯れるお遊びの時間は終わったわけだ。何の前触れもなく。
まだ実感がわかない為、気持ちは揺れていない。
目の前で行われる光景をぼんやりと見つめるだけだ。
が消えていく様を。


キャミソールのまま裸足でバスルームへ向かっている彼女は、
これからいつもの顔になる。皆に見せるような、例のポスターのような顔だ。
この部屋以外の顔になる。どちらも嫌いではない。
まあ、自分にだけ許された顔だから、化粧っ気のない の方が好きだ。
言葉にして伝えた事はまだない。
初めて愛して、心を交わして(まぁ、それはこちらだけだったのかも知れないが)
馬鹿みたいに盛って、そんな事を繰り返した日々はどうなってしまうのか。
思い出とやらに風化してしまうのだろうか。
それも又、実感のない話だ。


「なぁ」
「えっ、何?」
「お前、どうするんだ。これから」
「ごめん、ちょっと。よく聞こえなーい」
「そうですか」


ベッドに寝転んだまま、ドライヤーの音を聞いていた。
そういえばこれまでも会話が成立しない事は幾度となくあり、
その都度、何が問題なのかを考えていたような気がする。
こちらに興味がないのか、もしくは合っていないのか。
何れにしてもローにとってはよくない理由で、だから考える事を止めた。


何も考えなければ時間ばかりが楽に過ぎていく。楽しめる。楽しめた。
それでも世間は二人を置き去りにはしないらしく、
止むを得ない事情が、どうやら引き裂くらしい。
知ってはいたが、気づかない振りをしていた。


「で、何よ。ロー」
「なぁ、明日にしねぇか」
「明日?明日って…」
「どうしても今日じゃなきゃ、駄目なのか?」
「いや、けどさぁ」


すっかり余所行き顔に変わってしまった
ベッド脇に転がってたヒールに手を伸ばす。
大きく開いた胸元から盛大に谷間が見えた。


「今日でも明日でも、何も変わんないわよ」
「…そうです、か」


覗いた谷間に埋もれるのは、海賊旗の刺青だ。彼女の船の。


「じゃあね、ロー。淋しくなるわね」
「…あぁ」
「結局あたし達、何一つ変われなかっただけよ」
「変わる気がなかったの間違いだろ」
「あたしだけじゃないわ」


あっさりと出て行く彼女を引きとめはしない。
そんな真似だけはしない。決して。
惰性に揺られ彼女の心が変わってしまうのだと思っていただけだ。
自身は決して変わらずに。
残り香だけが薫るこの部屋に明日はない。


「…そうです、か」


遅れた相槌を呟き、天井を仰げば次の方法が脳裏を埋め尽くす。
力ずくで、正攻法で。海賊として正しいやり方で。
だから彼女もあっさりとこの部屋を出て行った。
今度は正々堂々と、正面からぶつかって来いという事だ。






どうやら敵対する立場というものが
馬鹿みたいに好きなんだろうなあ。私。

2010/5/3

D.C./水珠