言葉でなくてもいい





最悪だと呟き、疲れた身体を引き摺りながらどうにか部屋まで辿りついた。
思わず呟いてしまったのは、やはり疲れていたからで、
正直なところ頭の回転も著しく低下している状態だ。
眠りばかりを求めるだけ。


兎に角、今は何も考えずにこの錘のぶら下がったような身体を
ベッドに沈め眠ってしまいたい。
シャワーも浴びず、服も着替えず、上着だけを床に放り投げた。


明かり一つ点ける気になれず、
カーテンの隙間から僅かに差し込む街の明かりが室内を照らした。
テーブルの上には飲みかけのグラスが一つと、タバコの空き箱が一つ。
スモーカーに似合わない細いタバコだ。
眠りに飲み込まれそうな眼差しの中、それを確認し、
少しだけ後悔のようなものをするが深くは考えない。
どうにも抗えないほど眠たいからだ。


何も言わず、この部屋で
大人しく自分を待っている可能性は限りなく低かったわけで、
だから今、彼女がここにいなくても何ら不自然ではない。
元々、暇のない仕事をしているのだし、
そんな事は今更話し合わなくても分かっている事なわけで、
一々取り上げてなどいられない。
散々、時間と金をかけ口説き落とした女だったのに、
こうも呆気なく幕が引かれてしまうとは何とも情けない話だ。


好きな女一人捕まえておけないで、
何をやっているのだろうと思いはするが、
やっている事といえば仕事なわけで、
やはり両立は出来ないのだろうかと、今更な事を考える。
だからといってを海軍にするわけにもいかず
(彼女の性質は決して海軍向きとはいえない)
時間の共有は困難を極める。


正直な所、疲れて帰った時には温かく迎えて欲しいし、
非常に嫌な思いをした時くらいは(日がな我慢をしているんだぜ)
話を聞いて欲しい。誰もが抱く欲求だ。
それでも生活臭を嫌う彼女の手前、無理をしていた。
無理をしてでも一緒にいたいと思ったからだ。


目が覚めてから、これから先の事を考えるのだろうか。
もうじき深い眠りに落ちる。
一番心地いい状態に揺られ、もうすぐ引きずり込まれると思った矢先だ。
ガタガタと不仕付けな音が響き渡り、室内が急に明るくなった。


「あれ?今日、早くない?」
「…手前…」
「ていうか、何か凄い久しぶりなんだけど」
「…」


こんな時間までどこで何をしていやがったと聞く気力もない。今は。
それなのに嫌に気が抜け、全身をスプリングに預けたまま、急速に眠りへ落ちた。





スモーカー空回り編。
相手出来てないなあという自覚があった為、
余計な不安に駆られたという可愛い男、スモーカー。

2010/5/15

なれ吠ゆるか/水珠