いつか消える輝き







若い頃は周囲の迷惑などまったく厭わず、
只々、己の目的の為だけに生きていく事が出来た。
自分が存在しているから騒動が起こる事も知っていたし、
力の弱い普通の人々がその騒動に巻き込まれ死んでいる事実も知っていた。
気にかける事が出来なかったのだ。
そんなものに視線を送る事さえ出来なかった。


だからの評判は著しく悪かったし、
決して義賊ではないと自分でも思っていた。
海賊として正しい生き方だと、
この生き様こそが海賊なのだと自負していたつもりだ。
自分以外の人間がどうなろうと興味がなかったものだから。


だから、こんな現在は自業自得なのだと、今になってそう思うわけだ。
自身の悪事を受け止め、後悔するわけではないが罰こそ受ける姿勢をとった。
そもそも、もうロジャーはいないわけだし、
彼がいなくなった事実よりも辛い事象はないわけで、
これ以上何かを失う事はない。
既に空の状態なのだ。こんなにも空っぽなのに、
どうして求めるかと疑問にさえ思う。


ドフラミンゴは執拗に接近して来た。
だから店を閉め、一旦、距離を置く為にあの島を出る事にした。
行き先は誰にも告げず、終の棲家にするつもりだった
あの島を離れるのは些か淋しかったが、
平穏な生活を営めるような人種ではないのだと自重した。


久方振りに浴びた潮風は肌に痛く、無駄な思い出ばかりを蘇らせてくれる。
死ねば、もう一度ロジャーに会えるのだろうかと思った事がある。
同じ世界に行けるのかと。
それならば何故、生きている。


「早く逃げなさい」
「…!」
「ここから、離れて…!!」


強く突き飛ばすよりも先に子供の姿は掻き消えていたし、
悲鳴の一つも聞こえなかった。
自分以外の光景を目にするようになり、
それがいいのか悪いのかは分からないまでも被害の大きさを知った。
力の弱いものから命を失う。今しがた死んだのは名も知らぬ村の子供だ。
きっと、これから一時間も経過しない間に村自体が消え去ってしまう。
それもこれも、全てあたしのせいね。


「おっと、悪ぃ悪ぃ。うっかり手が滑っちまったぜ」
「ドフラミンゴ―――――!!」
「フ、何だよ。悪ぃのは俺か?」


海賊が海賊らしくして何が悪ぃ。
ドフラミンゴはそう言い、不満げに小首を傾げた。
確かに、この男の言う事も一理ある。
今さら偽善ぶるつもりはないし、
隠居生活を送った理由も平穏が欲しかったからではない。
勝手に心、折れた結果だ。


「どこまでもどこまでも、追いかけて来やがって…!!」
「とっとと折れろよ、そんで俺のトコに来な」
「冗談じゃない…!」


何故ドフラミンゴが当たり前のように追いかけて来るのかを考えていた。
答えは楽に導き出せた。記憶と同じ足取りを辿っているのだ。
ロジャーの記憶と同じ道を。
彼の軌跡を辿っているから、すぐに足取りは割れるし、
そんなものに捕らわれているから見知らぬ場所へ行けない。


随分な時間が経過したと思っていたのは頭の中だけで、
結局のところ今でも彼を捜しているのだと知った。
余りに間抜けな真似で、我ながら嫌になった。


「時間は腐るほどあるんだからよ、この俺はちっとも構いやしねぇが」
「…」
「見つからねぇよ、お前の捜してるモンは」


気の毒に。
ドフラミンゴは心の底から呟いた言葉がそれだ。
一瞬にして頭に血が昇りかけたが堪える。
確かにその通りだと自覚はしていた。
数年振りの風景を目の当たりにし、視界の隅にロジャーを捜す。
いるわけがないと頭では分かっている。それでも捜す。


「そんな真似をしてりゃあ、お前は何れ疲れちまう。それを待ってもいいんだが…極力若い方が俺にとっちゃあ都合がいいのさ」
「よく喋る男ね」
「そもそも、何を今更だって話だぜ。昔みてぇに、手前の都合だけ考えて好き勝手な真似ぇしてりゃあよかったんだよ」
「本当に、よく喋る…!!」


この男は知っているのだ。過去の自分を。だからこの状態に違和感を抱く。
一歩踏み出し、ドフラミンゴの隣をすり抜けた
決して振り返る事無く、この島を後にする。
どうにも追いかける気まで削がれたらしいドフラミンゴはそのまま背を見送った。


あの島から追い出し、の周囲にいる厄介な輩からは引き離せた。
まずは外堀から埋める。
島自体もドフラミンゴの手中に転がり込んできたわけだし、
物事は思惑通りに進んでいるのだ。
以外は。急に牙をなくしたように身を潜めたを伺いながら、
牙自体は単に隠されているだけだとワケもなく確信していた。














息が切れるほど長時間、走り続け、
似たような真似をした事があったと思わず笑った。
確かあれはロジャー達を追いかけている最中で、
決して歩みを止めなかった彼らとの距離は一向に縮まらなかった。


届かないもどかしさに最初は苛立ちを覚えたが、最終的には無性に悲しくなり、
それでも己の力が及んでいないからだと、無力さばかりを嘆いた。
産まれて初めて努力をし、ようやくその努力が実った暁には側にロジャーがいて、
それまでの間、蓄積していた思いが一気に溢れ出るかと思いきや、
好きの一言も言えなくなってしまい、それだけが心残りだ。


彼は彼で、後生愛する女性を見つけ、それまでの自分ならば
女を殺してでも思いを遂げなければ気がすまなかったはずなのに、
それだけは決して出来ないと思い、只、ロジャーの側にいる選択肢を選んだ。
もう、それだけでよかったから。いいと思っていたから。


崩れるように歩みを止め、地面に蹲ったまま夜空を見上げる。
建物一つない草原の端には断崖があり、その下には大海原が広がっていた。
自身の呼吸音だけが耳に届き、
どうにか息を整えようと試みるがそんなに若くもないらしい。
すぐには収まらず、仰向けになり星を受け止める。


あの星達のように一瞬だけでも強く輝き、
何れ朽ちる事など分かっていたはずなのに。
それなのに、どうして自分よりも先にロジャーが朽ちてしまったのだろう。


はい、まだ続きますよアダルト組。
…まあ、ほぼドフラミンゴの回ですが。
マルコのマの字も出てきやしねえ結果に!


2010/5/20
pict by水珠