背中を見せないで







すっかり寂れてしまった建物の前に立ち尽くし、看板のあった場所を見つめる。
そこだけ色褪せていないから目に付くのだろう。
馬鹿みたいに足を運び、毎度同じ光景を目の当たりにし、
未だ消化出来ていない別れを反芻する。


ありがとうと告げた彼女は振り返る事無く去っていった。
名残惜しそうに後姿を見送るマルコを二度と見ずに。
立ち尽くしたまま、まるで楔にでも張り付けられたかのように
動く事の出来なかったマルコは声さえ発せなかった。


目的も告げず、約束も出来していない。
この大海原を見渡す限り、今生の別れになるのだろうと、そう思っていた。


「どこに行っちまったのかねぇ」
「!」
「馴染みの場所がなくなっちまうってのは、嫌なモンだ」
「…赤髪」


ひょっこりと顔を出すのは何もマルコだけではなかったらしい。
いつの間にか隣にいたシャンクスは(それはそれで気味の悪い話だ)
他意のない雰囲気を纏っているわけだし、それはこちらも同じだ。
まぁ、情けない話ではあった。


「なぁ、マルコ」
「…何だよぃ」
「お前、に気があったろ」
「…」
「何だよ、隠さなくてもいいじゃねぇか」
「お前はどうなんだよぃ」
「俺か?まぁ、気に入っちゃいるが、そんなんじゃねぇな」
「どういう意味だよぃ」
「俺とあいつは馴染み過ぎたんだ、今更どうこうって仲じゃねぇ」


どういう意味か知りてぇか。
シャンクスはそう言う。
上手を取られたような気がして、非常に不愉快になったが顔には出さない。
少しだけ沈黙が漂えば、悪ぃ悪ぃ、怒るなよ。
笑いながらシャンクスが背を叩いた。














以前、執拗に付きまとった事があった。
マルコほどの体裁は保てず(というか保つ気もなかった)
連日のように顔を出し、延々口説き続ける。
それでもは当然のように笑い、話を流した。


「あんたもいい加減、しつこいわねぇ」
「知ってるだろ、昨日今日の仲じゃねぇ」


その日も毎度のように口説き続ける予定だった。
はこちらに視線さえ寄越さずグラスを拭き、
客が入って来たら顔を上げ―――――


「元気がねぇな、
「そんな事ないわよ」
「いいや、毎日顔、合わせてる俺が言うんだ。間違いねぇ」


が動きを止め、こちらを見る。
そうして一つ大きな溜息を吐き、グラスを置いた。


「…夢を見たのよ」
「夢?」
「ロジャーの、夢」


その時だ。がそう呟いた瞬間に気づいた。
こんなにも無常に時は流れていくというのに、この女はちっとも流されていない。
あの時から動く事さえ出来ず、只、居場所だけを変えただけ。


こんなにも執拗に迫っていれば、少なからず隙が出来るはずなのに
(欺瞞じゃなくて、だ。これまでの経験に基づく)まったく動きが見えない以上、
何かしらの理由があると思ってはいたが、
まさかここまで根が深いとは思っていなかった。
これは、自分の力でどうこう出来る問題ではない。


はっと気づいた瞬間、何の気なしに視線を移せば、
奥のテーブルで一人飲んでいたレイリーと視線が合い、遣り切れなくなった。
知ってやがったのか。


「…どんな夢だった?」
「みんなで、船にいて―――――」


思い出を切り取ったような話を口にするを見ながら、
何ともいえない苦しさを覚えた。
そうしてそんな胸中は目前のにも知れていたのだろう。
徒然に話をしながらふとシャンクスの目を見つめ、
ごめん。小さくそう呟いた。














船に戻れば、どうだったとサッチがしつこく聞いてくるもので、
どうもこうもねぇよぃと煙に巻き、頭を整理する為に横になった。
シャンクスから聞いた話をどうにか消化しようと目を閉じる。


あの一大事を、ほど私的に解釈出来る女もいないだろう。
世界を揺るがす大事件はの心を留まらせた。
しかし、随分な時間は経過しているはずで、
長い歳月を彼女はどんな思い出やり過ごして来たのだろうか。


涙も枯れるほど泣き続け、やり場のない悲しみの置き場所を探し、
そうしてようやく前向きではなくとも、店を構え居場所を見つけたはずなのに。
どうして居場所を捨てた。


はいはいまだ続いております、アダルト組。
アダルト組というか、マルコやらシャンクスやらが若いというね。
前回、マルコのマの字も掠らなかったので…。


2010/5/24
pict by水珠