エースとやる時は何も考えていないと思う。
まるで空っぽな身体を縦横無尽に揺さぶられ、何となくの感触を得る、
それがエースとのセックス、それの集大成だ。
目を閉じる事も億劫になり、薄暗い室内を見渡す。
掠れたエースの吐息や必死に見えるほどこちらを喰らう腕、
鎖骨辺りに押し付けられる額。
秘密の共有が己が身をここまで脅かす事になろうとは夢にも思わず、
余りに浅はかだったと知った。
知ったが、今更どうにも出来ないもので、だからこうなっているのだろう。
まるで人事のようにそう思えば、急にマルコを思い出し遣り切れなくなった。
エースとやっている最中にマルコを思い出し、
すぐにでも彼に抱かれたいと思う自分はとうにイカれてしまっているのだろう。
罪悪感一つ残せず、只、無性に会いたい気持ち、それに突き動かされる。
視線をエースに移せば気持ちよさそうな表情のまま、
彼が目を開きそうだったからは目を閉じ、
脳裏に浮かんだマルコの事を考えていた。
情後の気だるさを引き摺りながら船へ戻れば、
夜の見回りをしていたマルコと偶然にも遭遇してしまい、
なんともいえない気持ちになった。
こんな時間に戻る見てもマルコは何も言わず、只おかえりと呟く。
何かを言って欲しいが、下手に口を開けば足を掬われかねない。
分かっているが、この気持ちはどうしたらいい。
見回りの続きをする為に歩き出した彼に近づき、手を握った。
先刻までエースに触れていた指先で。
マルコがどうしたと聞くがどうもしていないと答える。
あたしは何をどうもしていない。
「最近はちっともお前に構ってやれなかったなぁ」
「そんな事ないけど」
「明日辺り、どこかに行くかよぃ」
「え?」
「言ってたろぃ、。二人でどこかに行きてぇって」
マルコの言葉を耳にした瞬間から罪悪感はようやく顔を見せる。
あたしは一体、何をやっているの。
こんなにいい人を蔑ろにして一体何を。
それでも顔には出さない、マルコに知られるわけにはいかない。
冷たい男だと、もしかしたら呼ばれるのかも知れない。
そんなつもりは毛頭ないのだが、
どうにもサッチ辺りに言わせれば非常に冷たい男らしい。
いまいち実感がない為にまだ納得が出来ない有様だ。
事の発端は一月前の満月の夜だ。
遊びに出かけたを何となく見送り、
自室へ戻ろうと足を踏み出せばエースがいた。
何をやってるんだよぃ。
他意はなくそう言えば、
あいつとヤったぜ。主語もなしにエースがそう言うものだから、
正直な所、意味が分からなかった。
分からなかったからそのまま話を流すところだった。
「…?」
「だよ、」
「…は?」
「いいのかよ、こんな時間帯に遊びに行かせちまって」
正々堂々と浮気を公開されたわけで、少しだけ反応に困った。
それと同時に己の覚えた感覚に戸惑う。
心は余りに穏やかで、怒りも悲しみも何一つ浮かばない有様だ。
我ながら驚いた。
まあ、そんなマルコよりも驚いていたのはエースであり、
露骨に怪訝そうな表情を浮かべたまま様子を伺っている。
「…別に、構いやしねぇが」
「…へぇ」
「そもそも、お前はどうしてぇんだよぃ」
「何だよ、それ」
「俺と付き合ってるのを知った上で、だろぃ。俺から盗りてぇのか、単に遊びてぇのか―――――」
口を開きながら、自分でも何を言っているのかが分からなくなった。
これではまるでの事を愛していないようではないか。
いや、そんな事はないはずだ。
別れたいだなんて微塵も思っていないし、出来るだけ一緒に時を過ごしたい。
流石に目の前で何だかんだとされれば腹の一つも立つのだろうが、
これまで一度としてはそんな素振りを見せた事がない。
確信はないが、これからもないだろう。
の口から明確な別れの言葉を頂けば話は又、変わるのだろうか。
「お前こそどうしてぇんだよ」
「どうもこうも。これまでと変わらねぇよぃ」
平然とそう言いのけたマルコに二の句を告げられず、
そのままエースは引き下がった。
あれ以来、と何かしらの事に及んだ後は
必ずエースからの報告が入るようになった。
その都度、へぇ、だとかふうんだとか、
相槌ばかりを返せばエースも報告自体をしなくなり、
その代わりのように、本当にの事を愛しているのかと
聞いてくるようになった。
お前はどうなんだよと逆に問い返せば、分からないと答える。
その点だけはお前と違う、マルコはそう言い、
俺はを愛していると何食わぬ顔でぬかせば、
馬鹿馬鹿しいと、エースが笑った。
前々回の拍手夢、
『ほんとうに痛いのは誰のこころだったろう』
の続き、というか補足というか。
まあ、最悪の展開には違いないんですが。
エースとマルコの関係も特殊だよなと、
書いた後に思いました。思った次第です。
2010/5/26
なれ吠ゆるか/水珠 |