見えないところで愛してあげる







の名前が久方振りに新世界を駆け巡ったのは、誌面上での事だった。
あの別れ以来、顔を合わせるどころか、
居場所一つ分からなかったが、まさかの遭遇だ。
朝イチに号外がばら撒かれ、人々が口々に噂し始める。
海賊達は、この事態に不安を覚えた。
そうして、不安を覚えたのはマルコも同じだ。


誌面にはとドフラミンゴの名が踊り、某国での争いの詳細が続いた。
つい先日、七武海に参入したドフラミンゴが、
敵対する相手を某国内で仕留めかけ、
今尚続く争いの為に海軍が動き出したという内容だ。
海賊王の仲間だった過去が今になり騒がれ始めたというところだろう。


派手な見出しに添えられた過去の写真は、見た事もないような彼女の姿を、
派手な懸賞額と共に全世界へ知らせた。
の懸賞額は想像以上に高く、
仕出かした過去の大きさを知らしめるようだった。


カウンターの中で穏やかに笑う横顔からは
想像もつかないほど棘を秘めた賞金首のポスターを見つめる。


「こいつは、笑えねぇ冗談じゃねぇか」
「…親父」
「あのお転婆が表舞台に戻ってくるなんざ、よっぽどの事があったんだろうが…こいつは一波乱来るぜ」
「知ってたのか」


マルコがそう言えば、白ひげはまぁな、そう呟き大きな溜息を吐き出した。














均衡を保ち続ける難しさは知っているつもりだった。
持久戦に持ち込まれれば勝機は低くなる。
ドフラミンゴの言う事を真に受けるわけではないが、
確かにあの男は今が力を増す時期だ。
にとってのその時期はとっくに過ぎているわけで、分は悪い。


まんまと、あの男の国へ誘導されてしまったわけだ。
だから、こんな事になってしまった。


「…こいつは、珍しい顔じゃないの」
「クザン…!?」
「おいたばっかりしちゃ駄目だよ、生憎ここは七武海の仕切る国だ。あんたとあいつがどんな関係かは知らないけど、どうやらあんたはしくじったみたいだ」
「どうして海軍がここに…」
「これまで通り、大人しくしててくれりゃあ俺達も静観してたんだけどねぇ。ここまで騒ぎが大きくなりゃあ、手も口も、出さざるを得なくなるんだよ」


仕上げに入ったのだと思った。
海軍に捕らえられれば、その話は瞬く間に広がるだろう。
そうして、ドフラミンゴの思い通りの展開を迎える。


「冗談じゃない」
「そんなのは、こっちの台詞だよ」
「あんた達の思い通りになるくらいなら、死んだ方がマシよ」
「…そうすりゃあ、あんたのお望みどおりになるからね」
「何?」
「あんたにとっちゃあ、生も死も重要じゃない。死んだら死んだで、想い人に会えるじゃない。だからだよ。だから、あんたは薄気味悪い」


生きる事に執着してない部分が。
クザンが言い終えると共に凍てつくような寒さが周囲を埋め尽くす。
睫まで凍る寒さだ。


「あらら、図星だ」
「意外とお喋りなのね」


そう。確かに図星だった。
身体の凍てつきなど他愛もない外傷だ。
図星を突かれた心に比べれば。
動揺を隠す為に平然を装い、一歩下がった。
そもそも、こんなに喋るのだ、
クザンとて本気でこちらを制するつもりはない。まだ、今のところは。
宣戦布告というところだろう。


「男運が悪い女だね」
「余計なお世話よ」


強く打てば同等の力が大きな衝撃を爆発させる。
そのまま走り去れば、追いかける事もないクザンは
一つ、欠伸をし、振り返らないの背を見送っていた。














海軍と対峙し、会話を出来る自身を省み、恐らく歳をとったのだと思った。
昔の自分ならば会話一つ成立しなかったはずだ。
いや、成立させなかったはずだ。
敵意だけを剥き出しにし、恐れるものは何もなかったものだから。


それにしても、この世界は広すぎる。
どれだけ走っても果てには辿りつけないし、
辿りつけないから希望を抱いてしまう。もしかしたら。
まだ目にした事のない景色もあるはずだし、
足を踏み入れた事もない場所だってあるはずだ。
そこにたどり着ければもしかしたら。


クザンから離れ、夜を迎え朝になる。
隠れるように(どうやら前回の諍いが大々的に報道されたらしい。
道端を飛んでいた新聞に自身の写真が掲載されており、うんざりした)
客船に乗り込んだ。反対側の大陸まで向かう船だ。


新聞に掲載されていた写真は酷く古いもので、
ロジャー達と生活を共にしていた頃に発行された賞金首のポスターだった。
まあ、あの写真に比べれば歳もとったし、顔立ちも変わった。
乗客達は特に気づく事もなく、船は進む。


要は、あの男、ドフラミンゴさえ顔を出さなければ順調に物事は進むわけだ。
子連れの乗客たちが可愛らしい海王類を眺めている横を通り抜け、
反対側の甲板へ向かう。男がいた。見慣れた。


「…レイリー」
「おお。奇遇だな、


まるでその隣にロジャーがいるような、そんな錯覚だ。
そんな錯覚に見舞われた。辺りを見回す。
無論、誰もいない。分かっている。


「厄介な事になってるじゃないか。まったくお前は、いつだって面倒を持ち込む」
「だって…」
「疲れたろう、暫く休めばいい」


レイリーは迎えに来たのかも知れないと、ふとそう思った。
面倒に見舞われ、手も足も出なくなっている仲間を迎えに来たのかも知れない。
何故だか子供のように泣いてしまいそうになれば、レイリーの掌が髪を撫でた。
まるで父親が我が子をあやすように、優しく抱き締め背を叩く。
何も言えないまま、やはり泣いてしまえば、
気負っていた感情が全て流れ出し、足元から力が抜けていった。


まさか、まだ続くのかという。
今回はクザンまでも出てきてしまったよ!
白ひげ、マルコ、クザン、レイリーという
豪華メンツ・・・!
何だこの話は。


2010/5/31
pict by水珠