断ち切られた無言の世界





男女平等を声高々に謳う人に対し、今日ほど腹の立った日はない。
そもそも男女平等だ何だと喚く人達は、真夜中の時間になっても一人、
フロアで仕事をしている自分のような人間を見て何と言うのか。


確かに、男女平等の元、死ぬほど多い仕事を
(しかも期日が今週末、現在曜日は金曜から土曜に移行中)
男女平等の名の元、分け与えたとしてだ。
この広いフロア内でたった一人
(しかも省エネがどうだとかいう理由でフロア自体の明かりは点けられない)
デスクとPCに向かい、キーボードを叩く音ばかりを響かせる。それだけ。


正直なところ、既に頭は回らなくなっているし、
後々から見たら誤字脱字に始まり、
様々なミスてんこ盛りのブツが出来上がっているはずだ。
石のように固まった肩から背中。


「ああ~~~!もう、きっつい!!」


作れども作れども、ここまで先が見えないとは如何なる事か。
そもそも、どうして自分が貧乏くじを引く事になったのかを考える。
どちらかといえば残業なんてしたくないし、
用事があれば誰かに頼む場合もある。
やってくれると言うのであれば、
そのままお任せしても構わないわけだ。それなのに!


「こんな時間に何をしてるんだよぃ、お前は」
「何って仕事ですけど?仕事!」
「ほぅ」
「そっちこそ、出張帰りで何してるのよ」
「ほら、おみやげだよぃ」


一年の半分以上を海外出張についやするこの男の姿を目にする事はそうない。
同期で入社したものの、最初から頭一つ飛びぬけていた彼は出世街道を驀進。
同僚たちをあっさりと置き去ったわけだ。


「こんな値の張るもの、もらえないんですけど」
「返されても俺ァ使えねぇ、もらっときなよぃ。
「クロエとか。何でクロエを買うに行き着いたのかを聞きたいけど」
「何でもかんでも怪しむもんじゃねぇよぃ」


元々、女性の少ない部署だった為、引く手数多だった事は確かだ。
だから、このマルコとも距離が近づく事となったし、
これまでは色々と優遇されていたわけだ。
男女平等の権化が移動してくるまでは。


「何?今日帰って来たの?」
「あぁ」
「長期出張の後って、まとめて休みが入るでしょ。こんな所で何してるのよ」
「いや、お前の顔でも見てぇな、と」
「えぇ?」


マルコと付き合った期間は事実上三ヶ月だ。
付き合い始めすぐに彼が海外出張となり、のめり込む前に距離を置いた。
彼は彼で特に何も言わず
(しかし、それならば何故付き合ったのだろかという疑問は残る)
それでも帰国の際にはお土産と称した高価なプレゼントを持って来た。
別れた二人とはまるで思えない雰囲気で。


部署の皆はとマルコの関係を何一つ知らなかったが、
何かしらの事があったのだろうと、その一件で知る事となった。
同僚達はこぞって話を聞きたがった。
しかし、どう説明をしていいのかが分からず、友達だと告げるに留めた。


離れた理由は一つだ。信じられなくなる事が嫌だったから。
異国の地で暮らす男を信じる事が出来るとは到底思えなかったから。
だから、今のような関係が何よりだと思っている。
マルコが幾度目かの長期出張に出た間、
一度だけ他の男と付き合った事がある。半月で別れた。


「しかし、お前がこんな時間まで一人で仕事とはな」
「聞いてよマルコ、最近入って来たヤツが」
「お前と知り合って随分たつが、初めてだよぃ」
「男女平等がどうだとか言いやがって」
「見せてみろぃ」


ぐっと身を近づけ、デスクトップを覗き込むマルコの横顔を見ていた。
恐らく、マルコが手を貸せばこの仕事もあっという間に終わってしまうし、
その度に自身の無力さなんてものを実感する。
それでもこの夜から土日にかけての
貴重な自由時間が取り戻せるのならば厭いはしないか。
クロエのバックを土産として持って来たマルコの心中も定かではないし、
顔を見に来たという言葉の真意も分からない。


「さっさと終わらせて、メシでも喰いにいくぞ。
「こんな時間に?」
「お前とこの前行った、バーに行きてぇんだよぃ」
「この前って…一年くらい前でしょ。あの店もうないわよ」
「はっ?マジかよぃ」


何となく席をマルコに譲りながら会話を続ける。
この時間でもまだ空いている店を頭の中で探しながら、
これから先の会話の内容を想像していた。





久々に現代パラレルを一つ。
今回は無理矢理にマルコを出来るリーマンにしてみました。
買い物は全てカード。無論、年俸幾らの世界。
クロエのバックは…現地の女性からのご紹介。
より、戻しちまえよと思いました。
2010/6/5

なれ吠ゆるか/水珠