お前は本当に俺の事が好きなのかと、まさかの真顔で呟かれれば、
この男は一体全体何を言っているのだろうと本気で思うわけで、
又してもとキッドの喧嘩が勃発した。
過去をようやく振り切り、思い出なんかも風化し、
さあこれでようやく二人だけの舞台が始まったと思えばだ。
思った事を有りのまま素直に口にしてしまうにも原因はあっただろうし、
少しだけ(こと、恋愛方面に関しては)
弱気な面を覗かせたキッドにも原因はあっただろう。
同じような立ち位置で、同じ船の中で暮らす二人なのに、
どうしてここまで心がすれ違う。
「…あんた、何を言ってるの?」
「いや、別に」
「いやいや、言ったわよね?今まさに言ったわよね?」
「何でお前はそう、何でもかんでも食ってかかるんだよ」
経験した事がなければ、それこそ受け入れがたいわけだ。
これまで付き合ってきた女は総じてキッドの言う事を聞き、
キッドの意思をそのまま受け入れた。
仮にキッドが間違っていてもだ。
だから自身の我侭に気づく事もなく、相手の優しさに気づく事もなかった。
それでも酷く居心地はよかったものだから性質が悪い。
そのように扱われる事が当然だと思っていた。
ところがだ。ところが、このはといえば、
キッドのいう事はまず聞かない。
一つ何かを言えば、手始めに十返ってくるし、
結局のところキッドが折れる形となる。
そうして、キッドの意思もまずないに近い。
こんな女は初めてだと思い、最初は酷く反発したものの、
何故か気持ちばかりが引き寄せられてしまい、
こんな有様になってしまった。後悔は、していない。が。
「もう、意味分かんない!!」
「そりゃ、俺の台詞だろ!」
どうしてこんな事になってしまったのか考えざるを得ない。
こんな事が起きれば(珍しい事ではないが)
まずは船を出て行ってしまうし、
その場合の行き先をキッドは知らない。
どこの誰に涙を見せているのかだとか、
そんな事を考えていれば当然のように夜は眠れず、
寝不足の状態をが戻って来るまで続ける。最悪だ。
こんな思いをするのは一度っきりにしようと毎度思うのだが、
何故だか性懲りもなく繰り返す。
「何だ、又か」
「…あぁ」
「お前たちは、本当に…」
「言うなよ、分かってる」
愛されている実感がないわけではない。
只、愛していると彼女の口から聞きたいのだ。
只それだけなのに、何とも女々しくて口に出せない。
つい先刻、は船から出て行った。
やはり行き先も告げないで。
「追いかけたらどうだ」
「何で、俺が」
「毎回毎回、あいつが戻るまでじっと待ってるなんて、お前の柄じゃないだろ」
「…」
「まぁも馬鹿じゃないはずだからな、悪さをする事はないだろうが…」
「何だよ、悪さってのは」
「弱った女を転がすのは好きだったよな、お前も」
「…!」
裏切りは決して許せないが、そうさせてしまう外部からの力はある。
そんな力に潰され、手も足も出なくなった女で遊んでいた事も確かに、ある。
ふと顔を上げれば動揺していたのだろう。
キラーが顔を背けるもので、少しだけ恥ずかしくなった。
何やってんだ、俺は。
立ち上がり上着も羽織らず船を飛び出せば、
冷たい潮風が突き刺さったが厭わない。
一つくらい我侭を通してみようかという気持ちになっただけだ。
無闇矢鱈にこの船を出て行くんじゃねぇ。
たったそれだけだ。それだけを言い通したい。
死ぬほど走って、まだの姿は見えないけれど、まだ走って。
小さな背中が見えるまで走って。
もうじき見えるはずだ。
時折立ち止まりながら船の方を振り返り、とぼとぼと歩く彼女の姿が。
もしかしたらこれまでも、度々振り返っていたのかも知れない。
「!!」
切れた息の最中叫んだ名前。彼女が振り返る。
無理矢理にでも連れ帰る為にぐっと腕を伸ばし掴まえよう。
今回ばかりは、好きにさせない。
ひっさびさのキッド話。
毎度毎度ケンカしてるので、むしろマンネリ化。
故に、今回は追いかけさせてみました…。
2010/6/6
なれ吠ゆるか/水珠 |