人はかろうじて冤罪。神は有罪。





この神様に地上から連れ去られ、随分な時間が経過したような気がする。
空を飛ぶこの船の行き先一つ知らされず、この有様だ。
まあ、特に不満はない。


余り気分の上下のないエネルは、うろうろと歩き回っていると思えば、
ゴロリと横になり、ダラダラと時間を過ごす。
空の上にも様々な島があるもので、
人々が足を踏み入れていない場所はないのではないかと思った。
しかしエネルは知っていたのだろう。


驚くのはばかりで、彼はちっとも驚かない。
何故かと問えば、我は神だぞ、だとか、神に知らぬ事はない、だとか。
そんな事を言われると分かっているから聞かなかった。


昨日も見知らぬ小さな島に降り立ち、
我は神なりとお決まりの台詞を豪語したエネルは
(素直に食物の譲渡をお願いしたらいいものの)景気よく一、二度雷を落とし、
善良な人々を恐怖の底に陥れた。


もうちょっと勘弁してよエネル。
上空に浮かぶ船から、その様子を伺っていたは心底そう思い溜息を吐き出す。
もっと他にやり方ってあったんじゃないの?
両手に抱えきれないほどの果物を強奪してきたエネルに食ってかかれば、
珍しく不機嫌になり、今に至るわけだ。あの男、一言も喋りやしない。


「ねぇ」
「…」
「ねぇ、エネル」
「…」


こんなに気紛れで、そうして我侭な男の何が神だと毎度思う。
誰よりも欲深く、誰よりも人間臭い男の癖に。


そんな泥臭い部分が気に入り側にいるという事をエネルは知らないのだろう。
当たり障りのない安全な男なんて眼中にないのだ。
この男は恐怖にて人々を支配する。
どんな生い立ちを隠しているのかは分からないが、恐らく昔からそうなのだ。
こんな男は生まれて初めて見たし、代わりはいないだろう。


「ねぇ、神様」
「…何だ」
「いい加減、機嫌をなおして頂けませんかー?」
「断る…」
「二人っきりの船内で、ずーっと黙ってられたら堪んないだけど」
「…


大きな、至極大きな溜息を吐き出したエネルは、
むくりと身を起こし、片足を立てたまま名を呟いた。
まだ不機嫌そうな顔のまま。


「お前は、神を敬う心を持て」
「腹が立ったんでしょう?」
「神はお前一人に腹を立てぬ」
「でも、この船に二人きりだから、あたしを殺すわけにはいかないものね」
「…何?」
「あたしがいなくなったら、淋しいから」
「何を、馬鹿な」


エネルがその気になれば、簡単に死ぬ。それは分かっている。
頭上から一度、雷を落とせばそれで仕舞いだ。
気に入らなければすぐにでもそうする癖に、ここまで(神にとっての)
失言を繰り返す只の人間を生かす理由は一つだ。
この神様はあたしを愛している。


「でも、あたしより好きな人が出来たら、真っ先にあたしを殺してね」
「…」
「お前は要らなくなったって言う前に殺して」


エネルが視線をこちらに向け、沈黙が訪れる。
強大な力を持つ男の側にいるという事は恐れを抱き続けるという事だ。
絶対に敵わないから。
それでもこの出会いを悔いてはいない。
死ぬ間際には絶対に、よかったと呟いてみせる。


「…神は嘘など吐かぬ」
「えっ?」
「女に現を抜かす等、神の所業ではないからな。だからお前はそのような杞憂を抱く必要がない。お前の目の前にいるのは神だぞ。他に目移りなど、」
「今のあんたは神なの?男なの?」
「そんなものは」


どうでもいいだなんて神様が言ってもいいの。
エネルの腕に引かれながらそう笑った。





エネルとかー何年振りに書いたんだー。
ついったで話題に上がったから一つ。
いやあ、久々に書いたなあ。エネル。
2010/6/10

蝉丸/水珠