優しくしたいと思ってた





湯浴みをしようと言い出したのはエネルだ。
唐突に何を言い出しているのかとも思ったが、
こんな船の中で彼の言葉に反対する理由はない。
意に介さなければ落雷とまではいかずとも
軽く電流くらいは流されるかも知れない。
自ら危機に首を突っ込む場面ではないという事だ。
だから、エネルの顔も見ずに分かったと答えた。


それからが非常に面倒で、あの男の湯浴みは
一日を要するのかと思うほど準備に手間がかかった。
まず、手近な島に降り、草だの花だのを調達し、
そうしてついでの様に果物の類を手に入れる。
エネルと共に向かえば必ず面倒が生じる為、今回は一人で出向いた。
湯浴みの準備中という事で彼は非常に上機嫌であり、問題なく事は進む。


準備をしている最中に気づいたのだが、
どうやらもエネルも生活範囲が極端に狭いらしい。
この船に乗り込み随分な時間が経過したが、
未だ入った事のない部屋が幾つもある事に気づいた。
ふと思い返せば一日、24時間をエネルと共有している。
あの男の姿を見ない事がまずない。
という事はやはり、エネルも入っていない部屋があるのではないか。


指示されたのは船の底、一番奥の部屋だ。
観音開きのドアを開ければまるで涅槃のような光景が広がっていた。
広い湯船に煌びやかな装飾。確かに神様がいそうな場所ではあるが、
自己演出にもほどがあるだろうと思ったわけだ。


いや、それでも笑っている場合ではない為、急いで手を付ける。
湯を浅く貯め、花びらを浮かべ、手の届く範囲に切った果物を置く。
そうこうしている内に、湯を浴びるべきなのは自分の方ではないかと思い始める。
しかし、あの神様よりも先に湯を浴びる事は出来ない。


「…待ちくたびれたぞ、
「あんた本当に何もしないのね…」
「さて、身を清めるか」
「ちょっと!そこで脱ぐのやめて!」


恥ずかしがる素振り一つ見せず(まぁ、今更エネルが恥ずかしがるのも嫌だけど)
堂々と全裸でこちらへ近づくのはどうかと思う、だとか言いたい事は色々あるが、
そんな事よりも目の前でこの男が座り込んだ事が問題だ。
えっ、これ、どういう事?


「…何?」
「身を清めるのはお前の仕事だろう」
「何?」


どういう育ちをしたら、そんな事を真顔で言えるのかが分からないが
何分相手はエネルだ。一般常識は一切通用しないと思った方がいいだろう。
早くしろと言わんばかりにこちらを見上げる眼差しが腹正しい。


「どうした」
「…タオル、かけて。せめて前、隠して」


スポンジで泡立てながら、背中と腕はどうにか洗ってやったものの、
流石に前は自分でどうにしかして頂きたい。
そもそもあたしは一体全体何をしているのか。
そのものズバリを口に出せば、
やれやれと首を振りながらエネルが溜息を吐き出す。


今日一日、あたしは一体何をしているのか。働きづめじゃない…?
少し離れた場所にある桶を取りに向かい、何だか腹が立ったもので、
エネルの背後からスポンジを投げつけた。
振り返る事無くエネルがそれを手にした。


「何を恥じる必要がある」
「そういう問題じゃないでしょう」
「まったく…」
「お湯、かけるけど」


戻って来た頃にはちゃんと洗えていたようで、肩からゆっくりとお湯をかける。
その時に気づいた。少しだけ、肩が震えた事に。
そういえばこの人、能力者だったよね?…という事は。


「詰まらん事を考えるな」
「勝手に読まないで」
「フン」


泡を落とし、ゆっくりと立ち上がったエネルは湯船へ向かった。
だから、前を隠せと―――――


「!」
「足元、覚束無いの?」
「戯言を」


いやいや、どう見たって今、肩膝ついたじゃないと、言えない。
やっぱり能力者って水が大敵なんだなぁ。
こうやって見てたら何か凄い腹たってきたわ。
今日という一日を使って、あたしは一体何をやっていたの?


肩を揉めと言っているエネルを見つめ、他愛もない悪戯を思いついたショウは、
仕切りに頭の中を無にし、そちらへ近づいた。
まだエネルは気づいていない。
まったく、悪戯をしかけるにも一苦労よ。


「どう?湯加減は」
「構わん」
「…」


肩に手をかけ、一気に飛びついた。
案の定、力の抜けたエネルはそのまま湯船に倒れこみ、
ゆっくりと身を起こす。


「丁度よかったみたい。湯加減」
「…
「あら。水も滴るいい男」
「…」


片眉がぐっと上がった瞬間、微弱ながら電力を発したらしく、
水を浸透し痺れるような痛みが全身を襲った。
思わず痛いと叫べば、神罰だ、だとか神の怒りに触れた、
だとか聞きなれた言葉を呟きながら、エネルがこちらを見据える。


まぁ、弱っているから微弱な電流なわけで、
こちらも身体を動かす事が出来るのだろう。
只、疲れた身体に強めのマッサージ感覚で電気が走れば、
すっかりリラックスしてしまい、
どうにかエネルにもたれかかるようにして、眠った。





ついったにて突如生じた、
『能力者→風呂』ネタです。
第一弾が何故エネルなのかといえば、
まぁ、某エネル大好きー様へという…
大層、押し付けがましい話になってしまうスイマセン。
主人公設定は各話固定のアレで。
しかし、書いてる途中で全裸はどうなんだ、だとか、
背中の太鼓が邪魔で仕様がねぇ、だとか大変だったエネル。
2010/6/21

蝉丸/水珠