半濁音よりやさしい音





湯船に浸かりながら本を読む。半身浴というヤツだ。
何故だか今日は昼間からそれに興じたくなり、
さっそくバスタブへ湯を張り、気に入りの入浴剤を入れ、
数冊の本を準備し、それに挑んだ。


読んでいるのはサスペンス、
見知らぬ国の作家が書いたものらしく、翻訳されたそれを熟読だ。
湿気のせいで本がよれてしまうが、
どうにも止める事が出来ず、すっかり癖になってしまった。


そうして本に夢中になっていれば約束を忘れるわけで、
スモーカーが来る時間になっても半身浴を続けていたわけだ。
物語は終盤、主人公の女性がいざ犯人に襲われる場面―――――


「おい」
「!!」


突如かけられた声に驚き、危うく本を湯船に落とすところだった。
心臓は尋常じゃないほど高鳴っているし、上手く声が出せない。
すりガラス越しにスモーカーのシルエットがうつる。


「何をしてやがる」
「えっ?あ、半身浴」
「昼間っから風呂か」
「あぁー吃驚した」
「入るぜ」
「はぁ!?」


何であんたが。
そう言うよりも先にドアが開き、スモーカーが姿を見せた。
怪訝そうな眼差しでこちらを見ている。
驚きにより回らなかった頭は徐々に落ち着きを取り戻し、
どうにもこの男が疑っているという事に気づいた。
こんな狭いバスタブに、誰かを隠す事なんて出来ないのに。


「…何してるのよ」
「…いや」
「…」


入るぜと言った側から、顔を赤くするな
と言いたいが、それをぐっと我慢した。
そんな事よりも、もっと面白い事がある。


「ねぇ、ちょっとこっちに来て」
「はぁ?」
「今ので腰が抜けちゃった」
「…」


本を置き、スモーカーに腕を向ける。
やれやれと、仕方がなさそうに上着を脱いだスモーカーが近づき、
腕を伸ばした瞬間、ぐっと掴み狭いバスタブの中へ引きずり込む。
彼も彼で、薄々そんな気はしていたのだろう。
時計は外していたし、葉巻もくわえていなかったのだから。


「さっき、変に疑ってたでしょう」
「こんな時間に風呂に入る、お前が悪ぃんだ」
「ここまで濡れたんだから、一緒に入る?」
「…御免だ」


こんなに狭い場所は御免だと言うスモーカーに口付け、体勢を入れ替える。
すっかり湯船に浸かったスモーカーは動く術さえ失くし、
そんな彼に一つの提案をする。
もう少しでラストだから、それまで待って。
足の間に身体を滑らせ、
話の前後さえ分からないスモーカーと共に残り数ページを読む。





『能力者→風呂』第三弾、スモーカー。
あ、あまーい・・・。
もう、スモーカーに対する己の愛情が
今更ながら気持ちが悪いという事に気づきました。
馬鹿!あたしの馬鹿!本当に馬鹿!
しかも、名前変換一つもねぇでやんの。
2010/6/21

蝉丸/水珠