すべて忘れてください(出来れば存在ごと、すべて)





「なぁ、お前だけ執拗に狙われちゃいねぇかよぃ?」


発端はマルコの発言だった。
息も絶え絶えの状態で船へ戻ったは、
とんだ目に遭ったとぼやきながら目の前で服を脱ぐ。
汗でべとつき気持ちが悪いだとか、血の匂いが気持ち悪いだとか、そういった理由だ。
こんな所で脱ぐんじゃねぇよと後頭部を軽く引っぱたき、そうして上記の台詞だ。
の動きが止まり、彼女が深い溜息を吐き出した瞬間。


そんな瞬間にふとした予想が脳裏を過ぎる。
少しだけ意地悪な行為だと思いはしたが、相手はだ。
だから厭わず口に出した。


「あいつと何かあったのかよぃ」
「…何の話?」
「昔の男か」
「疲れて帰って来たってのに、何よ…」
「図星だな」


詮索はよせと言いたげな眼差しでこちらを見上げる。


「どうでもいいじゃない。どの道、昔の事よ」
「向こうはそう思っちゃいねぇんだろぃ」
「知らないわよ、そんな。あいつがどう思ってるかなんて」
「なら、どうして―――――」
「ちょっと!疲れてるんだから、長話なら明日にして!」


そうムキになるなよと言いかける間もなく、は歩き出していた。
脱いだ服を片手に持ち、キャミソール姿で船内を闊歩するあの女に
どんな過去があったのかは知らないが、幾分興味があるだけだ。


丁度、反対側からエースとサッチが歩いて来ており、
草臥れたに声をかけた。
どうせ、つまらない事でも言ったのだろう。
鳩尾にキツイ一発を喰らったエースが膝から崩れ落ち、
その隣でサッチが笑っていた。














あの男は、ずっと自身を責めているのだ。恐らくは。
誰のせいでも、あんたが悪いわけでもないと、
どれだけが言えども変わらない。
そういえば昔からそんな男だったと、今更ながら思い出した。
誰かのせいにする事がない。
一人、耐え忍び、道理のいく答えを手に取るまでずっとそのままで、
世の中には白や黒でなく、灰色のものがあるという事を認めきれず―――――
自分自身が灰色だったのだと、只それだけの話だったとは思う。


スモーカーと恋人同士だった過去。
たまたま海軍に入り、たまたま海軍内で出会っただけだ。
運命だとか、そういったものの言い方は好きでない。
所属こそ違ったが、交流のある部隊に所属し、共に正義を信じていた。


まだ駆け出しの頃は互いに無茶をし、頻繁に怪我を負う。
それでも厭わなかった。自分達の行いを信じていたからだ。
そんな折、スモーカーの所属する部隊が遠征し、互いの距離が開いた。
時間にして半年ほどの事だったと思う。


仕事上がりに連絡を取るにも、互いが不規則な勤務に縛られ、
思うように意思の疎通が出来なくなった。
浮気などの心配よりも、まずは命の心配だ。生きているのか。
そうこうしてる内に、で予断の許されない状況に陥る。
一つは前線への移動。もう一つは望まない好意―――――
絶対的な正義の元では決してあってはならない事が起きてしまったわけだ。


今となっては笑い話にも出来るが、流石にその当時は堪え、
挙句スモーカーにさえその話が伝わってしまったとなれば、
終わりは簡単に見えてくる。


海軍病院に入院しているの元をスモーカーが訪れたのは、
事件が起きた三日後の事だった。
まだ自身、何一つ心構えも出来ておらず、
医師からの検診にさえ過剰な反応を見せていた状態だった。
個室のドアが開いた時の空気、
そうしてこちらを見たスモーカーの反応。眼差し。
互いに言葉を失い、混乱したは出て行って。そう叫んだ。
互いに動揺しているのだと、その時は分からなかったのだ。
こんな自分を見て欲しくなく、こうなった自分も見て欲しくない。
叫んだ瞬間に全てが終わった。


スモーカーは幾度となく病室を訪ねてきたが、
錯乱するの手前、病院側は面会謝絶の処置を行った。
そのまま退院し、海軍を辞め、姿を眩ましたわけだ。
この原因になった相手―――――
父親が海軍のお偉方だった新兵は悪びれた様子一つ見せず、事件を容認。
それでも、事は公にならず、何事もなかったかのように時ばかりが過ぎた。














おい、待て。待て、!!
手前、一体どういうつもりなんだ!?
どうしてお前がそいつらと一緒に―――――
おい、その肩の刺青…!
白ひげ海賊団に新しく入った輩ってのは、
まさか手前の事か!?!!


はっと目覚めれば涙が零れており、
どうやら眠りながら泣いていたのだと気づく。嫌な夢だった。
まるで心を壊されるような夢。いや、あれは夢ではない。現実だ。
一度、起こり得た事を半数しているだけ。


スモーカーとの再会は、まったく望まれない形でやって来た。
彼のあの眼差し。歪んだ、苦しそうな眼差しを思い出す。
決して立ち止まらず、振り返らなかった
スモーカーは諦めもせず追いかけているが、彼の真意は分からないままだ。


あの新兵はあっさりと中佐まで上り詰めていた。
中身は何一つ変わらないまま、後ろ盾一つで昇級していた。
だから殺した。
この海賊団に入り、真っ先にやった事がそれだ。
だからの名は海ばかりでなく、
海軍にまでも広がったわけで、賞金も跳ね上がった。
きっとだから、スモーカーはこちらを追っているのだ。きっと。


「…怖い夢でも見たのかよぃ」
「ノックくらい、してよ」
「もう昼だ」
「…へぇ」


何れ、全て過去の事だと割り切れるのだろうかと思うが、
憎しみが消えない間は決して割り切れない。
だからお願い、あたしを追わないで、
だなんてスモーカーに言えるわけがない。


涙を拭き、ベッドから起き上がる。
まだ胸の中は息苦しさに溢れているが、
あえて気づかない振りをし、マルコの隣をすり抜けた。




スモーカーの元彼女(元海兵、現海賊)。
互いにまだ気持ちはある状態。
という設定でした。
海軍がどうの、とかではなくて、
スモーカーが好きなだけです(私が)
2010/7/2

蝉丸/水珠