きみのその浅ましさが好きだ





湿った岩の欠片が肌を覆い、身動きが取れないのだと知った。
空気はまだあるらしい。突然の衝撃に、少しだけ記憶が混乱する。
額から生ぬるいものが流れ落ちているという事は、出血でもしているのだろう。
持ち合わせの中に消毒液があったかを考えるが、やはり思い出せない。
しかし、これは困った事態となった。


重みで身体が潰され、このまま圧死してしまうのだろうか。
海の上で死ぬのならまだしも、こんな死に方では浮かばれない。
ぐっと身を動かそうとも、完全に埋まってしまったのだろう。
一ミリも動きはしない。
こんな、こんな死に方なんて―――――


「おい、手前、生きてやがるのか」
「…!」
「待ってろ、今出してやる」


まさか、こんな局面で遭遇するとは夢にも思わず、
何かしら言いたかったがまず身体も動かないし、声も出せない。
暗がりに僅かながら明かりが差し込み、
身体を潰しかけていた岩が取り除かれていく。
息苦しさが消え、どうにか身体を起こそうと力を入れれば、右足が酷く痛んだ。


「痛った…!」
「動くんじゃねぇよ」


辺りを見回せば大小様々な岩が転がっており、ようやくぞっとした。
あんなものが頭上から身を潰そうと降り注いできたのか。
連日の豪雨により、地盤が緩くなっていたのだろうか、
等と考えていればスモーカーがを抱き上げた。


「ちょっ…!!」
「動くんじゃねぇよ」
「離してよ!」


じたばたするにも片足は動かないわけで、辺りを見回した。
そもそも何故こんな事になったのかを考える。
ロー達はどこにいるのか。


まず、ロー達と一緒にこの島に降り立って
(確か、ローが新しい医学書を購入するだとか、そんな理由だったと思う)
ベンギン達が食料品の買出しに向かった。
も買出しについて行きたかったが、
何だかんだとローがうるさいもので、仕方なしに専門店へついて行ったように思う。


人体模型から不気味なホルマリン漬けのビンまで、
様々なものが溢れかえっている店内をぐるっと見回す。
ローは馴染みらしい店主と話し込んでいた。


「見せてみろ」
「ちょっ…いいから!」
「さっきから何なんだ手前は。ちったぁ俺の言う事を聞けよ」


そう。話し込んでいて、こちらは案の定放置だったわけだ。
だから買出しの方について行きたかったんだと思えども、まぁ仕方がない。
フラリと店の外へ出た。誰かにぶつかった。
あっ、すいません。
反射的に口をついた。そうして上げる視線。


『…ス、スモーカー…!?』
『……』


視線が合ったと同時に走り出した。
背後でローが何事かを叫んでいたような気もするが無視をした。
下手に口を開き、ローに知られるのもマズイ。


スモーカーは一拍置き、気化せず足で追って来た。
見知らぬ街を奔走するというのは非常に難しく、
向かう先に何があるのかが分からない。
兎も角人目を避け、寂れた方へと向かっていれば
炭鉱跡地のような場所に出た。


『おい、そこは…!』
『追って来ないでよ!』
『逃げるからだろうが!!』
『そりゃ、逃げるわよ!』


湿った穴の中に入り、一、二歩進んだ辺りだ。
暗転し、何も分からなくなった。














手馴れた様子で患部の手当てをするスモーカーを眺めていた。
本当に器用な男だと今更ながら、改めて思う。
骨までは折れていないようだが、酷い捻挫だ。
あの岩達を見つめ、捻挫程度で済んでよかったとは思えた。
この男から逃げ、こんな場所に入り込み、恐らく天井の岩盤が抜けたのだ。
そうして、気化出来ないだけが怪我を負った。


「急に姿を眩ませたと思えば…又海賊か」
「個人情報なのでお答え出来ませんけど」
「馬鹿が、筒抜けなんだよ手前の情報は」
「…そうねぇ…あんた達ってあたしの事、相当好きだもんねぇ」
「相変わらず目出度ぇ頭の中をしてやがる」


その目出度い頭を持った海賊と寝たのはお前だろうと口に出そうで焦った。
以前所属していた団は船長が個性的で
(まぁ、そんな海賊団は腐るほどいるはずだ)海賊らしい風貌を好まなかった。
情報操作が好きな男で、
あらゆる方面の情報を引き出す為に、クルー達を放っていた。
『情報屋』そう呼ばれていたと記憶している。


元々、その団に最初から所属していたわけでもなく、単に腕を買われ、
暇なら手伝えと言われたは何となく乗り込み、
そうしてスモーカーと遭遇した。
まだ顔が割れていなかっただけに、懐へ入り込むのは難しくなかったが、
どうにも野生の勘が働く性質だったらしい。


ある日、突然素性がばれ、何をとち狂ったのか、更正するよう説得された。
いや、いやいや。別にあたし現状に不満はないですし、
海賊が悪いだなんて思ってもいませんし。
驚きすぎて思考停止、逃げ出したのも今はいい思い出だ。


「それにしたって、とんだ女に関わっちまったとか思ってんでしょ」
「あぁ?」
「あんたの事は好きだったのよ?騙すつもりなんて微塵もなかったし、出来ればもう一度会いたいって思って―――――」
「本当に、まぁ…よくもそこまで口から出任せを―――――」


新世界にて『情報屋』は順調に活動を行っているらしい。
金が必要になりゃあ又手伝いな。
船長はそう言い、を見送った。


今、改めて思えばあの船の中に滞在する三人が本当のクルーだったのだろう。
それ以外、数百のクルーは皆、のような雇われのクルー。
仲間ではなかったのだ。
何て効率のいいやり方だと感心した。頭のいい船長だった。


「まぁ、いい。どの道もう逃げられやしねぇぜ」
「あたしをインペルダウンに叩き込むの?スモーカー」
「…」
「よくもそんな酷い仕打ちが出来るわよね。昔の女に」
「…」


一度だけ視線を逸らしたスモーカーの胸中は透けている。
だから彼は煙にもならず、二本の足でこちらを追って来たのだ。
しかし告げない。彼の背にある正義の為に。


「よく喋る女だな、まだ俺に気がある」
「だから、言ったじゃない」
「だから、厄介なんだろうが」


あんたを悩ませるつもりではなかったと口にしても意味がない。
痛む足を引き摺り、スモーカーに近づいた。
視線がこちらを見据える。胸元に手を置き、目を閉じ口付ける。
懐かしい、葉巻の匂いが鼻腔をつく。
薄い唇に触れ、舌先で舐めた。
あの時と同じようなやり方で。


「…馬鹿女が…」
「知ってる」


深い眠りに落ちる数秒前、抗う事もなく目を閉じたスモーカーの頬に触れ、
少しだけ悲しくなったが気づかない振りをした。














岩を砕いている最中に聞きなれた声が聞こえ、
急いで離れれば、細い線に刻まれた岩が目前で砕け散った。
新鮮な空気と日の光が一斉に入り込む。
瓦礫をよじ登ればローが腕を掴み、引っ張り上げた。


「どうした、その怪我」
「ちょっと、捻挫」
「…あいつは」
「いいから」
「…」


勝手なモンだと呟いたローはそれ以上何も言わず、を抱え歩き出した。
互いに詮索しないやり方は利口だと言える。
決して、推奨はしないが、それでも。
右足に巻かれた海軍の包帯はじきに奪われるだろう。
それでも、詮索しないローは、何も言わない。




スモーカーが追っている海賊(主人公、ローの仲間)
主人公はロー達と途中で知り合い、
それ以前にスモーカーと知り合っていた。
不慮の事故で閉じ込められた主人公とスモーカー。
というクソ長い設定の話は、話自体も長くなるんですね…。
お前がスモーカーを好きなだけだろ!?
と言われれば返す言葉もありゃしねえ結果に。
後から目覚めたスモーカーは、
何やってんだ俺、と溜息の一つでも吐き出せばいいよ。
2010/7/7

蝉丸/水珠