わたしを責める朝の光





疲れた身体を引き摺ったまま、
どうしようもない苛立ちを無理に飲み込んだ。
この苛立ちは口に出来ない種類のものだ。
言葉にした瞬間から惨めな思いをする事になる。
乾いた朝の光がこちらを照らす、それがまず嫌だ。
影の多い自身を人目に晒したくない。


昨晩、定例の呼び出しを受けた。
毎度場所の違うホテルを選ぶクザンの考えは未だ透けない。
海軍の制服を脱いだあの男は、元からの気質も手伝い、
酷く腑抜けただらしのない男に見えた。


先にやってるよとこちらを見ずに言い、
ルームサービスのシャンパンを飲んでいるような男だ。
内定情報を聞き出したのは二回目まで、
三回目からはこの調子で、だらだらと酒を交わし、一緒に眠る。夜を越える。
痕を残さないやり方に気づいたのはいつ頃か。
その時から正直な所、心は冷え切り、
酷い思いを抱いているのだがクザンには伝えない。憐れで。


海軍から離れ、もうじき一年だ。
先行きの見えない任務は自身を疲弊させる。
束の間の息抜きさえも心を凍らせているのだから、
これはどうしようもない事態なのだろう。


船までの距離はまだある。
そんなにめかしこんでどこに行くんだよぃ。
背後から声をかけられ、気配に気づかなかった事にまず驚いた。
振り向かず、鏡越しに視線を向ける。マルコがいた。
たまにはあたしだってめかしこむわよと笑えば、
当然ながら男か、そう聞かれ、曖昧に笑った。














船へ戻れば、口々に朝帰りかよ、だなんて事を言われ、
まぁ疲れのせいもあり、笑ったまま自室へ戻ったは、
めかしこんだ自身を捨てるように服を脱いだ。
普段通りの楽な格好へ着替え、背伸びをする。
今頃クザンも同じように、正義の二文字を背負ったまま海軍本部にいるはずだ。
昨晩の理は一切忘れて。だから、も全てを忘れる。
おろした髪を束ねれば全て忘れる。


よくよく考えずともここは敵船の真っ只中なわけだし、
今日から又気の張る日々が口火を切る。
冷たさを抱けども次にクザンと顔を合わせる確約が取れているわけではない。
心の苦しさを少しでも紛らわせる為に、偽りでもいい。
希望をクザンに重ねただけだ。


「朝帰りかよぃ」
「…断りでも要ったのかしら」
「いいや。ここは皆、自由だ。そんなもんは要らねェよぃ」
「だったら、どうしたの」
「俺が気になってるだけだ」
「…」
「言ってる意味、分かるかよぃ。


クザンがこれまで一度として、じゃあな、だとかさよならだとか。
そんな別れの言葉を口にしていない事に気づいていた。
次に会う約束もしないが、別れの言葉も告げない。
励ましの言葉も何も、愛しているとも、何も。


「あたしの戻る場所はここしかないわよ」
「…そうかよぃ」
「あんたはいつまで、背後からあたしに声をかけるの」
「俺ァ、お前の首のラインが気に入ってる」
「!」
「髪はいつだって上げときなよぃ、


そっちの方がいい。
思わず振り返ればマルコはすでにおらず、顔が熱く火照っている事に気づいた。
髪を束ねるのは戦いの際、邪魔になるからだ。
だから髪を下ろす事も出来ず、戻る場所もない。
足元の覚束ないまま、やはりこんな自分には希望も何もないのだと、
昨晩の記憶を消した。




『永久に君を騙し通す覚悟を証明に』や
『裏切りは合図』の流れです。
その途中、みたいな…。海軍スパイ話。
えっ、そこにマルコ投入なの?と思ってはいます。
2010/7/21

蝉丸/水珠