ちょっともう止めて、触らないでよ。
まるでこちらに意識のないは冷たい口調でそう言い、
さり気なく辺りを見回した。
危機管理能力の高い彼女の事、
見知らぬ場所に出向いた際には必ず逃げ場を探す。
悲しい性だと思った。
女としては余りに憐れな性だ。
誰かに甘える事を知らない。
苛立ちながら煙草に火をつけようとしているが、中々火がつかない。
風が強いからだ。
髪が揺れ、の顔が見えなくなった。
「久方振りの再会だってのに、あんた何で怒ってるのよ」
「怒ってるんじゃねェ」
「怒ってるじゃない。って言うか何よ、ここ。風が強すぎて全然火がつかない」
「他人の感情が分かるようになったとは知らなかったぜ」
「何なのよ、あんた風除けになってよね」
数年ぶりに顔を合わせた彼女は、
何の悪びれもなくスモーカーに話しかけ、驚く素振りも見せなかった。
同じ海軍内に所属してはいるものの、
まったく別の部署に配属され顔を合わせる事は少なかった。
一度だけ共に一つの任務を全うした事があり、
その一件でまあ、何だ。只ならぬ関係に陥った。
「お前、今はどこにいるんだ」
「ちょっと、知ってるでしょう?あたしの仕事」
「諜報だろ」
「個人情報は極秘扱いよ?職務規約に反する上に、懲罰モノだわ」
「笑ってんじゃねェよ」
の目がスモーカーを捕らえ、時が少しだけ止まる。
ずっと忘れる事の出来なかった言葉を思い出した。
感情的な男ね。
海賊たちを一網打尽にする作戦内でまず言われ、
初めて抱いた時にも言われた。
そうして、が消える時にも。
その都度、馬鹿にされているのだろうと思っていたが、
どうやら違うらしい。
ようやく火のついた煙草を燻らせるの胸元が僅かに見えた。
胸の谷間を横断するように大きな傷があった。
あんなものは、俺が知らねェ傷だ。
「…どこ見てんのよ」
「よくも、生きてやがったぜ…」
「それって褒めてるわけ?何よそれ」
「もう、行くな」
「何?」
「それ以上、傷が増えてどうする。嫁の貰い手もありゃしねェぜ」
「前時代的な男ね」
諜報をする部署は前線で戦う部隊よりも死亡率が高い。
基本的に一人で実行するわけで、
誰かが身を挺して守るような職務でもない。
赴き、捜査し、戻る。その繰り返しだ。
そうして約束の日時に戻らなければ半年の猶予を持たれ、
半年が経過後、殉職として処理される。
は二度、殉職扱いになった。
そうして戻り、まるで英雄のようにもてはやされた。
彼女は、笑っていなかった。
「今更、生き方を変える事なんて出来ないわ。あんただってそうでしょう」
「…まぁな」
「折角の休みだってのに、辛気臭い話よね」
「どのくらいだ」
「何?休みの数?一月くらいあると思うけど」
「付き合えよ、。そのくらいの時間を俺に費やしても損はねェはずだ」
「自意識過剰よね、相変わらず」
「お前の側にゃ、弾除けもいねェだろうが」
淋しい人生だと笑えば、の腕がこちらの腰に回されるもので、
何となく先が読めただけだ。
このまま変わらず、も自分も何一つ変わらず。
生き方を変える事さえ出来ず、通常の人々が送る平穏な日々を諦めている。
手を伸ばしてみたが、どうやら自分にもそれを手にする資格はないらしく、
共に諦める方向に転んでみた。
スモーカーの表紙を目撃し、
ヒナ羨ましすぎる死にたいと思いながら
スモーカーの格好よさに悩殺されたわけですよ。
本当、あの魅力は凶器だよね。
2010/8/05
蝉丸/水珠
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