跪いて忠誠を誓え








動乱の時代が前触れもなく訪れ、誰もが多少なりとも慟哭を覚えていた。
過去の遺物が姿を消したり、忘れ形見が姿を消したり、
世界は酷く狼狽したに違いない。


騒動は一過性で、喉元過ぎれば熱さを忘れる。
目に映るものばかりが真実ではないわけで、
普段どおり穏やかな海原も何一つ同じではないわけだ。


「…何なの、あんた」
「馬鹿言え、俺を知らねェだと?」
「訂正、あんたの事は知ってるわよ。ユースタス・キッド。評判の頗る悪いルーキーでしょう」
「何だ?おい…褒めてんのか?そりゃあ」
「頭も悪そうだけど、耳も悪いのね、あんた」


身動きの取れない彼女はそう言い捨て、言葉を聞き終わる前に殴りつける。
女だとか子供だとか、手負いだとかそんなものは一切関係がない。
この海の前では全てが平等となり、皆が対等となる。
弱さは罪だ。そんな事は、とっくに知ってやがる、こいつは。


ふてぶてしい態度で血を吐き出したは、キッドをじっと見上げた。
仄暗い眼差しを抱いた女だと所見から感じていたが、
この眼差しで見据えられると心がこうもざわめくだなんて知らなかった。
鷲づかみにされ、引き千切られるような感覚。
こんな感覚は初めてで、だから捕らえたのだろうかと思った。
いや、まだ動機は明白になっていない。


「お前こそ、今の状況がどういう事か分かっちゃいねェようだな」
「あんたに突然襲われて、哀れなあたしは捕まったのよ。悪い海賊に捕まったのよね。でもさァ、目的は何なわけ?もう、あたしには何もないわよ」
「知ってるぜ、そんな事ァ」
「身体一つ、寄越してやってもいいけど、大した得にもなりゃしないはずだし、ようやく新世界に入ったルーキーでしょう?女なんて腐るほど寄って来るわよ」
「不自由なんざした事ァねェよ」


気づけば会話の主導権を奪われており、その感触に酔いしれる。
圧倒的不利なのはのはずだ。
全世界から追われ、身を隠した終の棲家も大黒柱を失った。
失ったからこそ、の所在は明らかになり、生存が確認されたわけだ。
海軍対白ひげ海賊団、あの一件以来、
再度姿を眩ましたはふらりとキッド達の前を横切った。
一瞬、幻ではないかと思い、二度見した。


「過去の遺物に近ェお前をわざわざ捕まえたのは何でだと思う」
「知らないわよ、何?娯楽の延長?」
「新しい時代に連れて行ってやるよ、俺が。だから仲間になりな、
「…はっ」


目を見開き、驚いた表情を浮かべ、次には笑う。
時代を動かす男の側にいた女は、
キッドの言葉を馬鹿馬鹿しいと思ったのだろうか。
柱に縛り付けられたは笑いながら俯き、動きを止める。
近づき、顔を覗き込めばしっかりと視線がかち合い、息を飲んだ。


「あたしは何の役にもたてないわよ」
「そうかもな」
「あんたの言う事も聞かない」
「聞かせるぜ」
「あんたを愛せるかどうかも分からないわよ」


それでもいいの?
目前でそう囁いた彼女に口付け、そればかりは分からせると貪れば、
唇の隙間から又彼女の笑い声が漏れだした。
まるで、空気の泡のように漏れ、海に消えていく。




キッドフェスティバル。
今回は上目線キッド。新鮮ー。
59巻も発売されたわけで、
最早注意書きも要らなくなったね・・・。
2010/8/16

蝉丸/水珠