このむねにくちづけ、

の棲家は酷く破綻している。
外れにある元豪邸にはだけが残り今も暮らしているのだ。
滅多に出て来ないは大きな仕事の時だけ要請され姿を現す、
姿を現したところでほぼ駿足で動くものだから
人目には触れないというのが実情だ。
だから皆はの髪が華やかな栗色だという事も知らないし
やたら痩せている事も知らない。


「・・・よぉ」
「何」


怯えたような声が短く言葉を返した。
反射的に振り向いた顔には不安ばかりが色濃く残り
の中身が相変わらずだという証明にもなる。
家中の鏡という鏡を破壊したの棲家に
一歩立ち入れば同じ顔ばかりが延々と続いた。
に逢えるのは大体が夜の時間帯だ。
姿を見せてくれるまでどれだけの時間がかかったのだろう。


「恋、次」
「名前、覚えたのかよ」
「覚えた」


は素っ気無くそう言い視線を元に戻す。
の背は昔も今も酷く淋しい。
一度死んだ愛をどうにか蘇らせようとしているらしいが
結局無駄足に終わっている。
それを認めようとしない。
は馬鹿だ。少なくとも恋次はそう思う。
そうしてそんなに少なからず想いを馳せている自分も
相当馬鹿だと思った。
それでも別に臆する部分はない。


「あんたのキスは、」


もう飽きた、はそう言い笑わない。
恋次はを背中から抱く。
細い彼女の身体を軋むほど強く抱きしめた。

蘇りはしない愛など消してしまえばいい。
飽きたとさえ云われたキスを幾度となく交わし通らない思いばかりを放つ。
たったこれっぽっちでも足かせだ、
そうでもしないとはどこかへ消えてしまう。
これだけは間違いない。だから恋次はこうして。


「ねェ、恋次」


あんたはどうして、唇が離れる瞬間が何かを繋げようと。
それでもその先になんて恋次にしてみれば
微塵の興味もないものだから又口付ける。
の指が抱きしめる恋次の腕を欠いた。
三日月が細く動いた。

報われないポジション、恋次・・・