ゼロワンゲーム

独り占めなんて昔からついて回る独占欲の言い方を変えればいいだけの話で
だからあえて口に出さないだけだ。
狙い落とすたったそれだけのゲーム。
たったそれだけにも係わらず飽きが来ないのは相手が変わるからだろう。
皆似たり寄ったりだが中身は流石に違うらしくまったく同じ手は通用しない。
何となくそのゲームに面白さを見出してからというもの癖になったのだろうか。
習慣化してしまった。

「・・・あんた」
「どした、その面」
「普通そんなの聞く?」
「面白れぇ」

笑いながらの左頬を撫でた阿含は少しだけ慌てているようではあった。
どうせしつこい女から逃げているんだろうと予想しながら腹正しい記憶を反芻する。
皆自分の価値観を基準に物事を判断するから諍いが芽生えるという事に気づいていないのだ。
只激昂に身を任せ暴力を振るう男と二人きりになってしまった事、
そうして二人きりの場合に激昂させてしまった事。ミスだった。
最初からどうでもいいと思っていた相手が関係の詳細を求め
本当にどうでもいいと<思っていたが気持ちをそのままに伝えれば彼は怒った。
とても。

「汚ぇな、血とか吐くんじゃねぇよ」
「口の中が気持ち悪いのよ」
「つか何だよ、グーパンでも喰らったのかよ」
「口ん中切れてるからね」
「ダセエ」

もう一度笑う。

「それよかあんた」

何してんのよ。そう言いかけた途端だ。
そもそもこんな場所―表通りから一つ奥に入った路地。
余りにも左頬が痛く、ホテルから咄嗟に逃げ出した
(あの時は死期さえ感じた)は走りながら痛みを取り戻していく。
口の中に血の味が充満し思わず路地裏に入り込んだ。

足元に点々と落ちている唾液と血の混じった汚れは吐き出したものだ。
その点々の先に見慣れないパンプスが写った。
既に阿含の腕はビルの壁にを挟んでいる。
顔は上げなくてもいいだろう。どの道この先の展開は読めている。
目を閉じたままでいよう。

笑いを必死に堪えた阿含が耳そばで囁く。
何をかは聞いていないから分からない。こ
んな状況よりも今はこの痛みだ。
阿含がこの女に何をしたかは分からないが
非常に怒っていらっしゃるからには相当な事を仕出かしたに違いない。

視線を僅かばかり上げればサングラスの下、
もう耐えられないといった様子の阿含がいる。
ああ、笑う。コイツ絶対に笑う。
そう思っていれば案の定だ。
阿含は堪えきれなくなったらしく笑い出した。
笑う男とそれに触発されたかのように泣き出す女。
このシュールな空間は何なのだろう。
結果、女が耐え切れず逃げ出すまでショーは続けられた。





あの後何故かやたらテンションの上がった阿含は
奢ってやるだなんて上から物を言いを連れ近くのファミレスに向かった。
自分では中々人の気持ちを踏みにじる馬鹿野郎だと自覚しているのだが
上には上がいるものだと実感した瞬間だ。

気持ちが分からないわけではない。
分かった上で踏みにじるのだ。だから阿含の気持ちは分かる。
力でも捻じ伏せられないヤツはいいなあ、などと思う。
まあ阿含がドリンクを取りにいくわけもなく
が取りに行くはめになる事も分かっていた事だ。

「あんたいつか刺されるわよ、絶対」
「お前が先だろ」
「あたしはちゃんと計算してるもの」
「いつだって予想外の出来事なんて起きんだよバーカ」

恐らく同じ気持ちを少しは抱えているだろう。
下らない事を繰り返しているという自問、詰まらないという飢え。
何れかは。そうして一度は考えたに違いない。
まったく同じ人間と付き合えばこんな面倒は起きないのではないかと。
恐らく、恐らく。恐らくだ。
今、丁度目が合っている今の瞬間そんな事を考えている。

「―は、」

馬鹿馬鹿しい。
そういった呟きだけはしっかりと被った。
今度こそ偶然に視線がかち合い二人で笑った。

彼に関してはこういう関係が最も無難で妥当だと思う