忙殺の唄

もう止めて、だっただろうか。
それともちょっと待って、だったか。
何れかの、まあ何れかの制止の言葉が口をついたと思う。
あまりにも咄嗟の出来事だったから何を口走ったかさえ分からなかった。


まあ案の定タイミングは遅く、とっくに刃先は首を刎ねていたし
それでもローは聊か驚いたような顔をしてこちらを向いていた。
がここにいるとは思わなかったのだろう。
返り血を浴びるローの姿がスローモーションに映りそれはにもかかった。
目の前にいざ転がる死体と目を見開いたローの姿。息を切らせた
全てがまるでB級の映画のようで背景が海だからだろうか、
リアリティが一切存在しなかった。


お前何をしてる、ようやく搾り出したローの言葉はおぼつかなく、
彼の心を嘘偽りなくそのまま見せているようだった。
返り血を浴びてなお動じないで、
ローの所在を知っていたにも係わらず
今の今まで顔を見せなかった理由さえ忘れてしまっていた。




余り恵まれない土地で育った子供達は生き残る数がまず半数、
その中からどうにか富を得ようともがく者が半数残る。
貧しさは時に心を酷く荒ませるもので、
大人達がそうなのだから虐げられた子供達はより一層の力を求めた。


そんな環境の中、頭一つ飛び出していたのがだった。
狡賢くしたたかな彼女はまず権力者の男に近づき
ある程度の権力を手に入れた。身体を使い。
その時にローと出会い、第一印象は最悪。悪い女だと思った。
その権力者を海軍に売った現場に出くわしたからだ。


その日は腹が減り眠れず、いてもたってもいられなくなったローは
魚でも捕れないものかと海沿いを歩いていた。
そんな折、普段なら真っ暗なはずの海沿いの一部が赤く光っており、
何事かとそこへ近づけば海軍の船が目に入り、唸るような叫び声を耳にした。
咄嗟に岩場に隠れ様子を伺う。
島一番の権力者であり海賊の船長でもあった男が連行されていた。


こちらに背を向けた女が笑いながら海軍の人間と話をしており、
どうやらその女が売ったのだろうと予想がついた。よくある話だと思う。
よそではどうかは分からないがこの島ではよくある話だ。
その後、船が発つまで隠れていたローはに見つかる。
どうやら彼女は気づいていたらしい。


『子供は寝てる時間よ』


はそう言い笑った。
逃げ帰った記憶ばかりが延々残る。
その日から権力者は代わり、が海賊ごと頂く事となった。




「お前…」
「お久しぶりね、ロー。噂は耳にしてるわよ」
「この、魔女が」
「人の事は言えないでしょう、死神が」


この女は信用してはいけないと顔を合わせる度に思っていた。
実際そうだ。この女は信用するに値しない。
こんな生活をしていてどうなる、
は確かにそう言った。いや、ローに訪ねた。
こんな島から早く抜け出さなきゃあね、
そう言い一人勝手に出て行った女だ。
さよならも告げず、ローを置いて。


「何?置いて行った事、まぁだ怒ってるの?」
「何の話だよ」
「あんた、ちっともあたしの目ぇ見ないのね」


そう言われ気づく。酷く気まずくなった。
返り血を拭ったは酷い顔よあんた、なんて憎まれ口を叩きながら
すっかり首と離れてしまった胴体を弄り何かを捜しているようだった。
こんな有様を見て悲鳴一つ上げないような可愛げのない女は
御免だと思っていればが手にしたものに視線が移る。
男の胸元から見つかったものはよれたの写真だった。


「お前の男だったのかよ」
「さぁ、何の話?」
「…いや」
「まったく、ついてないわね、コイツも」


の手の中で握りつぶされた写真を見つめた。
あの時と同じくこちらに背を向けたままの
どんな顔をしているのだろうか。
そんな他愛もない事を思っていれば が男の首を海に向かい投げ捨てた。

どんな女だ。
というかローの相手はこの手の女なの…?
いや、それよりも裕福な幼少時代を過ごしていたらどうするのか。
そうしてお前はいつまで更新をしないつもりだったのかと。