ブルータス

そういう対象として見る事がなかったわけじゃあない。
只、何と言ってもタイミングが合わず、焦っても大した結果は望めないと思ったからか、
いつまでたっても平行線は変わらず、ズルズルと変化のない関係を続けてしまった。
この広大な大海原にでもの噂は溢れているし、
どれだけ遠く離れていた所で、大概の輩が名を知っている女が相手だ。
寂しいだとか、会いたいだとか。そんな気持ちを抱く事はなかった。


酒盛りが始まれば誰かが必ず名を口にする女。
そんなに対し、マルコが何かしらの感情を抱いているなんて夢にも思っていないだろう。
そもそも、長いスパンをかけ、じっくりと向き合うなんて似合わない真似なのだし、
互いを知り尽くせばその先に何があるのか分からず恐ろしい。
何れにしても近況一つ分からない女が相手だ。


ずっと昔に少しだけ生活を共にしはしたものの、
その最中マルコは親父と出会い、で彼女の道を見つけた。
お前も一緒に。その言葉が言えなかったのは何故だろう。
断られると分かっていたからか。それとも―――――


「…あらぁ?マルコ?」
「お前、!?」
「すっごい」


久しぶり。
丁度二日前に、がやり合ったという噂を聞いたばかりだった。
又しても命を安売りしてやがると笑い、
そういえば随分久方振りに名を聞いたと思ったばかりだったのに。
そんなが今、まさにマルコの手中に倒れこんでいる。
掌には生温い感触が続いているし、他のクルーはまさに目を見開いた状態でこちらを見ている。


この前、顔を見たのはどれくらい前の話になるのか。一、二年では利かないだろう。
仲間を作らなかったはこれまでずっと一人で生きていたはずだ。
仲間を作らない理由は知らないまでも、彼女の理念は理解していた。
は久しぶりと呟いたきり気を失ってしまった。
兎も角、とんだ事になってしまったと思いながら、
それでもマルコは船医の元にを連れて向かった。














船医の診断は要安静だった。
傷自体はそう深くはないが、処置を怠り出血が酷くなった為に貧血を引き起こした。
もう少し出血が酷くなっていれば命もなかっただろうと告げられた。
恐らくやり合った際に受けた傷だろうと予測する。


は以前よりも少しだけ痩せたように思う。抱えた時に感じた事だ。
噂だけを耳にしていれば非常に豪胆な女に成長したのかと思っていたが、
実際目の当たりにしてみればあの頃と変わらないがそこにはいるわけで、
やはりというか案の定というか、その日の夜、マルコは夢を見た。
どんな会話をしたかは覚えていないが、夢の中にはが出て来た。
我ながら分かり易すぎる思考回路だと笑えた。


結局は三日間、眠り続け、四日目の夜半過ぎだ。
マルコが寝入った後すぐに彼女は目を覚ましたらしい。
相も変わらずの夢を見ていれば今度は現実にがいた。死ぬほど驚いた。


「ごめんねぇ、迷惑かけちゃって」
「おっ、前…何をしてるんだよぃ!」
「いや、よく寝てるから。起こすのも悪いと思って」


寝顔を見られた事が嫌だとか、寝ている間に何をしていたのだとか、
言いたい事は山ほどあるのだが上手く言葉に出来ない。
一気に目は覚めたが混乱しているからだ。
はぐっと背伸びをし、ベッドに座り込んだ。


「しくじったのかよぃ」
「しくじったっていうかさ、ほら、あるじゃない?
妙にタイミングが悪いとか、相手との相性が悪いとか。
それよ、それ。多分、世界で一番合わない相手だったのよ」


はまくし立てる様にそう言う。こちらを見ずにだ。
息つく間もない程に。だから気づいた。


「…心の傷はどうしたぃ」
「何よそれ」
「死にかけたのは初めてだろうがよぃ」


何故が来たのか。それに違和感を感じていたのだ。
あれだけ姿を見せなかった女がふらりと立ち寄る、
なんて事は偶然などではない。絶対に。


「…あたし、落ち着こうかと思って」
「何?」
「もう、子供とかつくろうかなって」
「何!?」
「冗談よ」
「お前…」
「只、少し。疲れちゃって」


弱った理由が何であれ、会いに来たという事は期待してもいいのか。
ようやく頭が少しだけ動き始めた。
はそう言ったきり、少しだけ黙りマルコに視線を移す。
そして間を空ける事無く寄りかかって来た。


まさかのデジャヴ、あの頃に時間が巻き戻ったのかと思い違う。
男だとか女だとか、そんな次元ではないと思い、
愛とか恋とか、そんなものとも違うと口にしてはいたが、所詮建前だ。
関係を壊す事を恐れていたから、必死にそう取り繕っていただけだと、本当は知っていた。


「このあたしが手負いになるなんて…最悪」
「これまで、たまたま運が良かっただけじゃねぇのかよぃ」
「あんたと離れて、一人になってさぁ。それなりに色々あったけど…
大体毎日楽しくて、疲れたなんて思った事、なかったのに」
「そりゃ、年食ったって―――――」
「別に理由があって、会いに来たわけじゃないって思ってたけど。それは嘘ね。
気持ちが弱くなってるからあんたに会いに来たのよ」
「…そいつは」
「けど、何かそれってさ。死ぬ前フリみたいで凄く嫌」


もしこれが愛とか恋とか、そんなものじゃなくてもだ。
こうやってが上半身だけ起こしたマルコの腹に頭を乗せ話をしている、そんな空間。
彼女はちっともロマンチックでないし、マルコの心情を読む力もない。
心の傷とやらが癒えればすぐにでも羽ばたいてしまうだろう。それでも。


「もう、諦めろぃ。
「…ヤダ」
「俺に会いに来たって事は、お前の負けだよぃ」


まだ外は闇に包まれている。船内も静まり返った状態だ。
うんともすんとも言わないの髪を撫で、
身体を倒したマルコは意地っ張りな彼女を思いながら目を閉じる。


寝入っても見るのはどうせこのの夢だし、
一言寒いと呟いた彼女は毛布の中に潜り込んでいる。
目を覚ませば消えている、そんな展開だけは避けたく、
マルコが腕を回せど拒否はされなかった。

企画サイト様に送ろうとして断念した話@です。
何故ならば題名にまったく沿わなかったから…!致命的!
明るい話を書こうと思って(いつも暗いから)
友達の殻から抜け出してみようの回でした。
2010/1/20