指先に黒

少し頭を冷やせと言い、彼は出て行ってしまった。
何故だか酷く疲れており、座り込んだ床から動く事も出来ないは冷え行く部屋を見つめる。
一人暮らしに適した部屋はやはり一人のもので、マルコを含めば狭く感じていた。
だから彼はこの部屋に来て、そうしてベッドの上に座り動かなかったのか。
マルコがそこにいれば、もそこから動かなくなる。
休日をそうやって消費し、思い出はこの部屋だけになってしまい、そうして次は動けなくなった。
この部屋に思い出が詰まっているからだ。何をしていても思い出してしまうではないか。


ぼんやりと部屋を見渡せばマルコの私物ばかりが目に入る。
少しずつ増えていったそれらをどうする事も出来ない。
そもそも夜から朝方まで働いている彼と生活のサイクルは合わないのだ。
しかしそれは出会った頃から分かっていた事ではないか。


仕事終わりにたまたま連れて行かれた店
(そういえばあの時、一緒に向かった彼は
今どこで何をしているのだろう)がマルコの店だった。
路地を少し入った所にあるカフェバー。
マルコは主にバーの経営をしており、
周辺にキャバクラやクラブが乱立している立地も手伝い、店内の客層は総じて派手だった。
マルコは特にそういった夜の女に好かれており、第一印象で世界が違うと思ったものだ。
彼も彼で男連れのに話しかける事なく、
愛想も特にない男だった為、すぐに発展する事はなかった。
それでも味はよかった為、時折顔を見せるようになった。


少しだけ動きが見えたのは、酷い雨の降った日だ。
雨が酷すぎて、乗る予定だった電車が止まってしまい、
会社へ戻るかどうするかを考えながらふと立ち寄れば通常営業を行っていた。
辺りの店という店は全て閉まっているのにだ。
流石に店内に客はおらず、カウンターの中で雑誌を読んでいたらしいマルコが顔を上げる。
後から聞いた事だが、こんな時に何をしてるんだと驚いていたらしい。
ずぶ濡れのにタオルを渡したマルコはアイリッシュコーヒーを作ってくれた。
終電もなくなっちゃって、がそう言えばここにいればいいと笑い、
好きな映画の話だったり、音楽の話だったり。少しだけだが人となりを知った。


店内の温度が上がったきっかけは何だったか。
思ったより酔いが回ると思ったがウーロン茶を頼んだ時か。
あのお連れさんは。
マルコが聞いて来た時だ。すぐには思い出せなかった。
あれは同じ職場の人だから。がそう言えば軽く笑う。
その仕草が何故か堪らず、今思えばその時に堕ちていたのだろう。
好きになり、手を伸ばし、他の女と幾らかいざこざを経たものの、
マルコと付き合う事になった。


「…携帯が鳴ってる」


この狭い部屋のどこかで携帯が鳴っている。
マルコは店に行ってしまった。
どうにも喧嘩ばかりをしてしまい、
喧嘩をしたらマルコがどこか遠くへ行ってしまいそうで不安になる。
そうして猜疑。又繰り返す。
互いに酷く疲れてしまっても、まだそれを口に出さないという事は
終わらせたくないと思っているのだろう。
仮に、どちらかが疲れたと言ってしまえば全ては終わってしまうから。


ようやく立ち上がり、マルコの定位置に携帯を確認した
そこに突っ伏し、携帯を開いた。
マルコからのメールを受信していたけれど、
それを開く事が出来ず、又閉じる。

マルコ初現代パラレル。なのに暗いという…。
マルコの職業を考えるのが辛かったというか、
完全にリーマンじゃないだろ、という事でこう、自由業を…。
エースと一緒に経営していたら素敵じゃないか。
マルコからのメールの内容は、ゴミをちゃんと出しておけ、とかそういうヤツです。
2010/1/20