ギャンブルの中に生きる事が重荷になった時。
それが貘との最後なのだと分かっていた。
あの男が屋形越えをする直前、
これまで燻っていたものが膨張し爆発する寸前の感覚に産まれて初めて怯え、
命を賭ける生き方を裏切る形になった。
貘がそれを許さないという事も分かっていたし、
今こうして逃げ出したところで何れこの世界に戻るのだろうと、
それも分かっていた。


逃げ出したところで行くあてなどない。
質素に過ごせば十年は優に過ごせる程度の金は持っていたから逃げ出せたのだ。
貘に一切の疑いを抱かせぬよう最新の注意を払い、あの男を嘘で欺いた。
気づいているかどうかは分からなかった。


逃げ出した先には平穏な、そうして退屈な世界が広がっていた。
宝くじに当たる確率よりも低い死への距離。
まるで生きながら腐っていくような生活の始まりだ。
まあ、それも良しとする。
悪意などなく、善人が騙される姿さえ目に見えない淡々とした生活を送り、
そのまま歳を取り死ぬのだろうか、だなんて分不相応な願いを持ってしまったのだ。
さすれば心に隙は生じ、普段ならば決して仕出かさない過ちを犯す。


最初にを見つけたのは、伽羅だった。
いや、分からない。暫く前から張られていたのかも知れない。
この男は今も昔も貘の駒だ。きっと貘の側にいる。


「…こいつァ、懐かしい顔だぜ」
「勝手に、入って来ないでもらえる…?」
「悪ぃな、気が利かねェ性質だ」
「靴、靴!!」
「ああ、悪ぃ悪ぃ」


動揺を無理矢理に隠し、現状を迅速に理解しようともがく。
伽羅相手に逃走なんて真似は出来ないし、
無駄話を続けるわけにもいかないだろう。
何かしら用が、目的があるはずだ。
そうしてそれはきっとこちらが望まない―――――


「嘘喰いがお前を捜してる」
「…」
「しっかし、これまで誰にも見つからなかったってのも、大したモンだぜ。流石、ロクでもねェ女だな」
「賭朗は絡んでないんでしょう?」
「…フン、足元ばっか見てんじゃねェぞ」
「ちょっと、ヤメテ。あんたとやり合おうだなんて思っちゃいないわよ」
「まぁ、手前が簡単にはい、なんて言うわけはねェからな。それに、俺と顔を合わせたとなりゃあ大体の筋書きは読めてるだろ」
「前置きが長いのよ、あんた達は」


いつ、ばれた。何故ばれた。
人目につかないよう、細心の注意を払いネズミのように生きていたはずだ。
言葉を発した瞬間から心音が高鳴り、
これまで押し殺していた快感が足元から駆け上がる。
ああ、駄目だ。逃げられない。
そして落胆。こんな気持ちで生きていくなんて到底無理だ。
自分自身が許せない。命を賭ける快楽に弄ばれるなんて。


「一度も俺に勝てた事、ないでしょ」
「ああ、もう」
「だったら逃げちゃ駄目だよね、
「あんた、ロクなもの連れて来ないわよね。本当」
「俺じゃねェ、お前がロクでもねェんだ」
「ちょっと。俺を差し置いて話なんてしないでよ」


全てを賭けで得るこの男に道理なんて通用しないだろう。
欲しければ獲る。全てを賭け、そうして獲る。
その生き方に魅せられたのだ。
この男にはそういう魔力が確かにある。


「もう、逃げようなんて馬鹿な真似、しないよね。
「何よ、あんた…あたしは何の役にもたたないわよ。あたしをどうしようって言うのよ」
「嘘吐きだね、は」


伽羅が詰まらなさそうに視線を外し、頭を抱えたの正面に貘はいる。
こちらを見据えたまま。幾ら腹の内を探っても、これ以上は何も出て来ないのに。
心底うんざりしているというのに。


「そもそも何よ。あんた、あたしの事を愛してるとでも言うつもりなの」
「そ」
「「嘘吐き」」


思わず伽羅と声が被り、笑った。
心底意外そうに目を見開いた貘からは一気に気配が消え、
あの、わざとらしく媚びるような口元から掠れた笑いが漏れた。



い いくらほど出せばその愛情は


買えますか



初 嘘喰い
今、まさにどはまり中のマンガです。
もうここしばらくはこいつに大・夢中。
けど(案の定)扱ってるサイト様、ねえー!
という事で、毎度ながらの自給自足…。
2011/4/30