「ねぇ、どこに行くの」


唐突に声をかけられ、振り向く術さえ持たなかったのは確かだ。
何故気づかれたのか。誰もいないはずではなかったか。
今日は賭朗の取り仕切る場面でも
一際大きな賭け事がある日ではなかったのか。
若しくは―――――
その話さえも偽りだったのか。
仮にそうだとしたら、果たして何を賭けた。お前は。


「貘」
「ねぇ、。こんな時間にどこ行くの」
「ちょっと、用があって」
「どこに?誰と?何の?あ、うざいか、俺」


へらへらと笑いながらこちらへ近づく獏を見上げる。
この男の手を振り払い、勢いのまま飛び出す事は容易だ。
しかし、それでは全てが台無しになってしまう。
職務さえ全う出来ず、命を奪われかねない失態だ。


「あんたは、何をしてるの」
「俺?俺はを待ってた」
「どうして」
「裏切りそうな気がしたから」
「えっ?」
が俺を、裏切るような気がしたからだよ」


手首を掴まれ、息を飲む音さえ奪われかけた。
半端な隙間が生じないよう視線を逸らさず、
それでも言葉を紡げないでいる。
ああ、こんな事をしている場合じゃないのよあたしは。
早く行かないと夜行に怒られる―――――


「元々四面楚歌だってのに、まで盗られちゃ割に合わないでしょ」
「何」
「ねぇ、。俺と勝負しようよ。が勝ったらが欲しいもの、何でも持って行っていいよ。例えば」


俺の命とか。
貘の気配が一段と増し、萎縮する自身をどうにか抑えた。
そんな賭けに乗る道理はない。
夜行に怒られようともこの場は動かないに限る。
そもそも、貘の命の代償は何だ。例えば、


「あたしの命なんかじゃ割に合わないでしょう」
「そうだね」
「だったら、あんたは何を賭けたいの」
の自由」
「…」
「これから先、が死ぬまで自由を拘束する。まぁ、だったら」


死んでるも同然だけどね。
平然と言いのける獏は何を見ているのか。
お屋方様を見つめているのか、
その背後に聳える強靭な力を見据えているのか。
だったらどちらも恐ろしく、やはり言葉を返す事が出来ないでいた。



ぼ 忘失するくらいなら


死んでしまえ



夜行Aの方です。
欲しいものは全てギャンブルで獲るという
貘の本質がたまらなく格好いい。
2011/4/30