狂気

エネルの手を取ったはそんな神をゆっくりと見つめ笑む。
決して笑顔以外の表情を見せはしないは何を考えているのだろう、
大して気にする事ではないのだろうか。
畏怖する事もなく敵視する事もなくだからといって敬う事もない、
は何をどう思っているのだろうか―――――
ガラス球よりも透明度の高い瞳は
目前で息絶えた同種を見ても微動だにする事もなく、
只見ていた、今も見ている。


「・・・何を考える」
「何も」
「私は何だ」
「・・・・・・」


の瞳が自分をうつしている。
我は神なり、私は神だぞ―――――何故恐れない。
嫌に諦めばかりの先立った様を眺めれば制する気すら失せ、
エネルはを引き寄せる。
生ぬるく半端な体温が身体を伝った。




何も考えないがエネルの元に
所在を置いているという事実に気づき、苛立ちが身を焦がした、
否それは嫉妬か何か兎角生臭い感情のはずだ。
いいのワイパー、いいのよどうでも、本当は最初からずっとどうでもよかったの。
最後に寝たあの日の朝ベッドの上では言った。
あたしはあんたの事が好きよ。
が喋れば喋るほど胸が苦しくなった、今でさえ苦しい。
今まで一度として己の意見を口にした事のなかったが、
初めて考えを口にしたのも丁度その朝だった。
もう終わりにしようワイパー、本当は驚いて言葉が出なかっただけだ。
その後続けざまに吐き出された言葉、あたし他の男のトコに行くわ。
何もかも全てがパアだ。


「・・・誰だ」
「教えない」
「あ?」


の瞳がワイパーを見上げる。
何もない目だ、何ものをも捕らえない目だ。


「・・・そんな目で見てんじゃねぇ」
「ワイパー、」
、」


悪態をつく事すら出来ず、
只、呆然とワイパーはに抱きしめられた。
何も言えはしない、この部屋はやけに広い。
これで終わりなのだと思えば
妙にすっきりとしそれが尚更虚しかった。




力も金も名誉も何もかもを欲さないは愛情すら欲さないらしい。
まあそれでもエネルの持ち得ないものだ、愛情なんてものは。
あやす感覚に似ているのだろうか、単に愛でているだけかも知れない。
は何も望まない、エネルは全てを望む。
は何もかもを与える、エネルは全てを与えない。


「どうしたの?」
「いや、」


ふと気をやっていた、の声に引き戻される。
このに出会ってからというもの、
どうにもどこかへ連れ去られてしまう、
神をも恐れないこの女は果たして。
このままでは愛されていると思ってしまう、神の身分で何を言う。


「お前は何故ここにいる、」
「貴方がここにいるから」
「私は何故ここにいる」
「貴方が神だから、」


言葉遊びのように会話を繋げた。 一瞬の細首を掴み床に叩き付けたい感触に襲われる。
苛立ってはならない、神に感情は必要ない。
この感銘は何だ、そんな馬鹿な事があってたまるか。


「雨が降れば―――――」


お前はここから離れるがいい、雨が降らなければそのままだ。
少しだけ持て余しているとも感じる。
雨は降るのだろうか、仮に雨が降ればはここを離れるだろう。
が消えれば胸騒ぎは消えるのだろうか、それは約束出来ない。
どんな様子でもは恐らく今のままだ。
が完全に寝入ってしまえば小さく口走る事も可能だ。
この国を流れる時間は嫌に淋しい、遅すぎる。


「目を閉じろ、」


そうして私を想え、エネルの手のひらが瞼を閉じさせ、
は抵抗する事無く目を閉じる。
人肌に暖められたこの空間に巣食うものは優しい眠りであり、
毎度ながらそれに襲われるは目を閉じた。
が完全に寝入ってしまえば容易く口走れる―――――
それは何て優しい言葉なのだろうとエネルは思う。

何故ここまでエネルにはまったんだろう